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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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5 変わり者の吸血鬼-4

 ディーナは人間の代表として来たのではない。
 この娘なりに、何か事情があるのだろう。その事情をカミルが知らないように、この娘がカミルの過去をしる由もない。
 この感情は、単なる八つ当たりだ。

 ……頭ではそう理解しても、耐え難かった。

 己の命をとても安く粗末なものとして、カミルにあっさり渡そうとする人間の娘に、自分の思いを裏切られたような気がしてしまった。

 そして、怒りに駆られるまま行動した。

 自分をそんなにつまらない存在だと言うなら、血を吸われ乱暴に犯されたあげく、用済みだと捨てられても、文句を言う権利さえないのだと思い知らせてやった。
 二度と顔も見たくなくて、ここを出た後は絶望して自殺するなり好きにしろとさえ思ったほどだ。

 なのに……一瞬だけ呆然としていたディーナは、絶望の淵で踏みとどまった。
 そればかりか、カミルに自分を買って正解だと思い知らせてやる、とまで言い切った。
 怒りで頬を紅潮させ、緑色の瞳に涙を光らせて怒鳴ったその姿が、カミルの目には驚くほど綺麗に映った。
 ついさっきまで、魂が死んだ虚ろな人形のようだったくせに……これほど何かを美しいと思ったのは久しぶりで、しばし見惚れたほどだ。

 呆気にとられた末、つい彼女を雇ってしまったが、ディーナは思っていたよりはるかに有能だった。
 素直で飲み込みが早く、自分の仕事を真摯にこなす姿勢は特に好ましかった。

 最初の弱りきった様子から、ここに来るまでろくな扱いを受けていなかったのは明らかだったが、どうやらディーナの境遇は、予想より随分と酷かったようだ。
 初日にあれだけ辛らつな目に合わせたというのに、カミルがごく普通の扱いをしただけで感激して『優しい』などと言われるのには、勘弁してくれとさえ思った。

 そして日が経つにつれ、次第に表現しがたい感情が、自分の内へ湧いてくるのに気づいた。
 ディーナが傍にいれば、なんとも言えない心地よさを感じ、いなければ物足りなくなる。
 他の誰かで代用できるものではなく、あの娘でしか得られない心地良さを感じていた。

 二百年も生きていても、こんな感覚は知らなかった。
 そもそも吸血鬼という種族は、特定の相手に執着したりなどしないはずだ。
 非常に長く生きるうえに、糧として生き血を欲しなくてはならず、それを狩る手段に情欲というものを使っているのだから。特定の者に執着して愛したりなどしたら、糧を得るのが非常に困難となってしまう。

 愛する者を傷つけて血を摂取するか、それとも愛する者がいながら、血を得る手段と割り切って他の相手を襲い、交わるか。
 どちらにしても不快な選択だ。

 吸血鬼が極端に他の種族を見下して親密になろうとしないのは、もしかしたら生存本能の一種だったのかもしれないと、今更ながら思った。
 ……にもかかわらず、カミルがこんな感情を抱いてしまったのは、変わり者たる所以かもしれない。
 とにかく、抱いてしまった感情はもう消せなかった。

 ***

『――旦那さま!』

 毎日聞くのが当たり前になっていた無邪気な声が、脳裏に響く。
 いつしか見違えるように明るくなり、煩いほど懐いてきながらも、どこか完全に信頼されていないとは感じていた。

 ……当然だ。カミルはそれだけの事を、ディーナにした。
 信頼というものは、崩れるのは簡単だが、築くのは容易ではない。
 それなのに、もうこれ以上は崩したくないと思いつつ、一緒に眠れば堪えきれずに抱きしめてしまう。
 毎晩、今夜こそ嫌悪も露に突き放されるのではないかと脅えつつ、大人しく抱きしめられるディーナに、どれほど愛おしさを覚えていることか。

 まったく、滑稽な話だ。
 突き放されないのは、単にカミルが雇用主だからで、職を失いたくないだけかもしれないのに……。

(ディーナ、どうして帰らない……?)

 鎧戸の向こうに、ジリジリと照りつける陽光の気配を感じながら、カミルは呻く。
 見かけは小さくても、ディーナは子どもではないし、むしろ苦労していた分、同年代の少女よりもはるかにしっかりしている。
 うっかり山奥に入り込みすぎて道を見失うとも考え辛いし、特別丁寧に作った守り石も持たせている。
 あれさえ身に着けていれば、たいがいの獣や事故くらいは平気だ。それこそ、数え切れないほどの敵にでも集中攻撃されない限り。

 ―― だが、それでも……もしも、不測の事態が起きていたら……?

 そんな考えが頭をよぎった瞬間、臓腑が凍りつくような気がした。 
 ここに来る途中の山道でも、双頭鼠で陥没したらしき穴があったのを思い出し、ぞわぞわと嫌な予感がこみあげる。
 この家の付近は比較的に開けており、双頭鼠の餌となるような太い木の根もない。さらに真下には硬い鉱石木が横たわっているから安全だが、他の場所は……?

「……っ!!」

 カミルは手袋をはめ、さっき脱いだばかりのマントを再びはおり、フードを目深に被る。

(なるべく木陰を移動して……一時間くらいは、なんとか持つか……)

 扉を開き、美しくも憎らしい、眩しい日差しの中へと足を踏み出した。



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