dream・road〜scene-2nd-2
だが、龍矢にはまごついてる暇などなかった。ただでさえボクシングの道は険しい。本質的に身体能力が低い日本人が王者になるなど、並大抵なことではない。
さらに、この世界でのしあがるには何よりも『カリスマ』が必要なのだ。
数えるほどの試合数で王者への切符を掴む奴もいれば、何十戦してもうだつの上がらない奴もいる…。
龍矢は不安を覚えていた。いつか、自分もただの名も無きボクサーとして終わってしまうのではないか…。
現実に、ここ二戦を立て続けに落としている…敗北していることがさらに龍矢の不安を増大させていた。
そんな状況で龍矢はゆっくり休むことなど出来るわけがなかった。
《…自分で考えろ…》
バシュッ!
日の沈みかけた公園で目の前に打ち出した拳の音を聞きながら、龍矢はミゲルの言葉を思い起こしていた。
「自分で考えろ、か…」
ミゲルは顔はいかつく無口だが、今までに彼の言葉に従ってきたからこそ今の自分がいる。ミゲルがあのような言葉を投げ掛けたということは、自分になにか足りないものがあるのだろう。
「何が欠けるってんだ…」
龍矢はシャドーを切り上げると、胸のわだかまりを引きずったまま家路へと着いた。
ここは、あるホテルの一室。その部屋の椅子に、白いスーツを身に纏った金髪の男が座っていた。
『夜叉(やしゃ)』
男が一声発すると、黒いスーツを着た男が音もなく現れた。
『はい…本日はどのような御用件でございましょう…』
『今日…あいつに会ってきてくれるか?』
『…かしこまりました。ですが、もし…旦那様にふさわしくないと判断した場合は…』
『壊して構わん…』
『…では、準備をして参ります…』
夜叉と呼ばれた男は、何かの面を顔に着けると部屋を後にした。
『タツヤ…俺に力を示せ…』
白いスーツの男は大きな窓に映る日の沈みかけたニューヨークの街並みを眺めながら、一人呟いていた。
公園を出てから十分ほど経ち、龍矢は自分のアパートへと着いた。
ドアを開けると、いい香りがキッチンから漂ってくる…。
「タツヤ、おかえり!」
「ああ、ただいま」
キッチンから紅い髪の少女が出てきた。
彼女の名前はマリア・セレンス。朝は市場で、夜はシアターのバックダンサーをしている働いている。