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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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3.広がる沙漠-4

「誰の車?」
「もちろん、僕のだ」
「そう。じゃ、乗る前に十円で『レイプ野郎』ってキズつければよかった」
「やめてくれ。車好きなんだ。いくら君でも本気で殴るかもしれない」
「レイプされたあと、私、思い切り殴られたけど? 忘れないから、あれ」
「あれは違う」
 京葉道路の交差点の赤信号待ち中に、井上は目線を前方からチラリと紅美子に向けた。
「何が違うの? 私、思いっきり吹っ飛んだんだけど」
「君が気が狂いそうになったからね。目を覚まさせてあげただけだ」
「レイプされて気が狂うの当たり前……」
 紅美子が言おうとすると、直進していた車は対向が途切れたのを見計らい、急アクセルが踏まれて右折した。高架道路へ向かって坂道を登り始める。「……ちょっと。どこいくの?」
「十円で変なこと考える前に行き先聞けよ」
 井上は笑いながら首都高へ入ると右車線に入って一気に速度を上げた。
「だからどこ行くのってっ!」
「久しぶりに会うと、相変わらず怒りっぽいところがたまらないね。ますます怒らせたくなる」
 アウディは高速でカーブに入っても抜群の安定感で両国ジャンクションから向島線へと入っていく。「久々に会ったんだから、喜んで抱きついてくれるかと思ってたんだけどね」
「するわけないじゃん。いきなり刺すかもしれないけど」
 そう言いながら紅美子は車窓の外を見る不安げな瞳を井上から隠していた。「……ねえ、マジでどこい行く気?」
「温泉」
「は?」
「温泉はわかるだろ?」
 更に速度を上げて車線を変え、連続するジャンクションを通過していく井上が笑っている。
「……怒らせたくてそんな冗談言ってるの?」
「行きたいから言ってる。冗談ではないな」
「ちょっと停めて。帰る」
 助手席から井上に詰め寄る。
「無理だね」井上はにべも無く言った。「高速を走行中だ。停めようがない」
「高速降りてよ」
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ。愛人と行くって言ったら、だいたい温泉って相場が決まってるだろ?」
「愛人じゃない!」
 カッとなって紅美子は井上を睨み、肩を掴んで爪を立てた。
「その目は好きだが痛い。……事故ったらどうする?」
「事故ってでも停めてあげる」
「……事故ってうまく二人とも死ねたらいいけどね。片方だけ死んだら、生き残った方は地獄だな」
 井上は銀座の低い位置を通り抜ける首都高を滑るように走らせながら、「恋人だって言って欲しいなら、それでもいい。君にとって恋人が一人っていう決まりがあるわけじゃない」
「……」
「僕には妻も子供もいて、日本に戻って真っ先に君に会いに来た。君は僕に誘われて会社を早退して会いに来てる。……不倫以外の何物でもない。誰が見たって愛人だ」
「誘ってんじゃなくて、拉致よ、こんなの……」
 紅美子は打ち払うように井上の肩を離すと、ドンと背を打ち付けてシートに座り直した。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ」汐留のトンネルを抜けてすぐの上り坂を加速して登っていく。「東京は車ですぐのところに温泉地がたくさんあって便利だ。高速道路は狭くて最悪だけどね」
「……急に言わないでよ。私、着替えとか泊まるための物、何も持ってないし」
「泊まる所にあるさ。こだわりがあるなら向こうで買えばいい。……そもそも着替えは必要か? 君が僕といる時間のほとんどは、服を着てない」
 直線に入ると、井上が助手席に身を置いている紅美子の肢体を、前方に注意しながら眺めてきた。
「……チラ見すんな、気持ち悪い」
「スカートは珍しいね」
「別にいつも普通に履いてる。あんたが来るなんて思ってもみなかったから油断したの」
 膝上のサテン地のバルーンスカートは、シートに身を沈めることによって裾が上がって長い脚を見せつけていた。井上の目線を急に意識してしまって、紅美子はジャケットの前を引いてVネックのカットソーの襟元を隠し、脇に置いていたバッグを膝の上に置いた。「っていうか、どこに向かってんの?」
 普段乗ることのない右側の助手席からは聳え立つ東京タワーが見えていた。
「鬼怒川温泉でいい?」
「きぬがわ? どこよそこ」
「鬼怒川温泉を知らないのか? ……栃木だろ?」
「ちょっ……! ふざけんなっ。絶対イヤだ。ホントに帰る」
 飛び起きた紅美子が叫ぶと井上が笑った。
「慌てすぎだ。研究発表中の徹くんが温泉なんか来るはずない……けど、冗談のつもりだったんだ。本気で焦らせてしまって悪かった。そもそも栃木に行くならここは走らない。錦糸町からなら向島線を北上だ。君は東京生まれ東京育ちなのに、あまり方向感覚が無いな」
「……」紅美子は井上のウソで高鳴った鼓動を沈めるように鼻からゆっくり息を吐いてシートに身を落とした。「……車運転しなきゃわかんないっつうの」


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