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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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3.広がる沙漠-3

 制服のブラウスの中で、背中の肌を疼きが擽り上げていく。紅美子は耳から携帯を外し、なかなか開くことができないシガレットケースを両手で開けてタバコを吸い始めた。ゆっくり煙を吸って、吐き出す。
「……錦糸町の、どこ?」
「何で来る?」
「わかんない。JRか地下鉄か」
「じゃ、着いたら電話してくれ。遅れそうならタクシーで来い」
 と言われて急に電話が切れた。切断音のリピートを聞き、もう一度煙を吸い込む。約束してしまった――徹と会う前日に。
 紅美子は階段を緩々と降りて行った。もしこのまま無視すれば、井上はまたここに現れるかもしれない。いや、あの言い方だと本当にさらいにくる。前は自分一人だった。だが今日は紗友美がいるから、バッタリ出くわしてしまう可能性がある。……そうだ、十六時半に錦糸町に行こうと思ったら、帰り支度のことも考えると、そろそろ退社しなければいけない。紗友美に何と言うのか。どう考えても今から仮病はおかしい。
「――早かったですね。もっとイチャイチャしてても良かったんですよ」
 考えがまとまらないうちに部屋に戻ると紗友美が笑顔で迎えた。伝票トレイには新たな書類は無い。自分の手元にある伝票も、紗友美の元にある伝票も残り少ない。仮にサボりながらやったとしても、定時までには充分間に合う量だった。
「あ、うん……」
 自分でも明らかに普段通りではないと思えるほどの緩慢な動作でシガレットケースをバッグに仕舞い、携帯を机に置き、モニタ上の入力画面を、少しの間キーボードも叩かずに眺め、「あ、あの、光本さん……」
「徹さんが急に今日来たがってる、なーんていう、ムカつく話なら聞きません」
「え、あ……」
 そうだよね……いや、ちがうんだけどね。紅美子が次の言葉を選んでいると、紗友美は、はー、と息をついた。
「……やれますよ。私一人でも。頼りないとは思いますけど」
「別に頼りないなんて思ってない。……けど……、ごめん」
「係長には適当に言っておきます。長谷さんはツワリがひどいので帰りました、とか」
「適当すぎるからやめて」
 紗友美のお陰で笑うことができ、仕掛かっていた伝票を一気に最後まで入力すると、エンターキーを強く押した。「あと五枚。そんなに難しいやつじゃないと思う」
「もー、そのムラムラしてる顔がうっとおしいので早く帰ってください」
 伝票を差し伸べると、紗友美が引ったくって言った。
「せめて、ニヤニヤにしてよ」
 紗友美の指摘に半分はギクリとなりながらも、紅美子は困った笑い顔から、真顔に戻した。「本当に、ごめん」


 電車がホームに着いたころには十六時二十五分だった。まだ夕方だが総武線は乗降客が多かった。人の流れに従い階段を下る。錦糸町には何度も来たことがある。南口は人が多いから、井上のことは特に考えもせずに北口に出た。携帯を耳に当て、井上を呼び出しつつどこともなく歩き始める。紅美子はいつもそうやって勝手に居場所を変えて徹を困らせていた。
「着いた? どこにいる?」
「錦糸町駅」
「……そんなことは分かってるよ」
 電話の向こうで井上が笑った。あの嘲笑ではない。本当に可笑しそうだ。「錦糸町のどのあたり」
「北口」
「じゃ、四ツ目通りの方に出てくれ」
「何々通りとか言われてもわかんない」
「錦糸公園のほうだ」
 北口に出て正解だった。紅美子は電話を繋げたまま横断歩道を渡り、錦糸公園のほうへ向かっていく。
「公園に何の用?」
「公園じゃない。公園の前の道に車が止まってるだろ。アウディ」
「……車の種類も良く分からないんだけど」
 井上はもう一度笑った。
「ちょうど地下鉄の出口の前辺りでハザード付けてる白い車だ。僕はもう君を見つけた」
 錦糸公園側へ渡る横断歩道を歩くと白のS8が近づいてきた。左ハンドルの窓が降り、井上が顔を出した。
「乗れよ」
「どこいくの?」
「乗ってから話す」
 井上が点滅する横断歩道の信号を見て、「早く乗ってくれ。もうすぐ後ろから車が来る」
 公園に沿う道には信号待ちの車列が続いていた。後ろから追い抜かれ始めると、右側乗車が難しくなる。仕方なく紅美子は足早に助手席に回り、革張りのシートに体を沈めてドアを閉めると、井上が車を発進させた。スムーズな加速によって今まで乗ったことがないほど心地よく背中が受け止められる。


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