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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-19

「む、むずかしいと……、すぐに日本語は、しゃべれない」
「……?」
「イギリスに、すんでいたから」
 変なヤツ。紅美子はなわとびを徹に差し出した。
「やってみて」
 なわとびを受け取った徹は、しばらく躊躇していたが、紅美子と同じ飛び方を試みた。徹は跳ぶのと縄を回すのを同時にできなかった。子供ながらに前途多難だ、と思いながら、紅美子は徹の母親が呼びに来るまで、街灯の明かりを頼りにずっと徹になわとびを教え続けていた。
 ……ひどかったなぁ、あれは。跳ぶ気がないとしか思えない。


 夏休みの宿題が間に合わない、ということで、紅美子の家で徹が手伝っていた。といっても、専ら徹が鉛筆を動かし、紅美子はアイスキャンデーを咥えて横になって、ときどき徹をウチワで扇いでやっていた。
「僕の家でやろうよ。お母さん、飲み物出してくれるよ」
「だめ。徹のお母さんいたら、私が頑張ってやらなきゃいけないじゃん」
「自分でやらなきゃいけないんだよ」
「……してくれないと、お嫁さんになってあげない」
 そう言うと徹は黙って、筆跡を紅美子に似せるように努力しながら鉛筆を走らせた。普通ならば小学校五年生にもなったら「お嫁さん」などとお互い口にするのは恥ずかしい。だが紅美子は仲良くなった直後に交わした無邪気な結婚の約束をずっと言い続けていた。そうすると徹が素直に言うことを聞いてくれるからだ。
 ……ひどいことしてたなぁ、私。
 徹はラジオ体操の帰りに紅美子に呼び止められて、そのまま家に直行させられていた。
「十時半までに終わる?」
「なんで?」
「十一時からみっちゃんと遊びに行く約束あるから」
「わかった。……今日、クミちゃんのお母さんは?」
「帰ってこなかった。たまにお店に泊まることあるから」
 紅美子は徹と話しながらも、自由研究どうしようかなぁ、今から私がやったら絶対間に合わないしなぁ、と、どこまで徹に押し付けるか算段しようとしていたら、いきなり玄関が騒々しくなって驚いた。
「ママ!」
 家に入るなり倒れこんだ紅美子の母親が、玄関先に突っ伏している。二人で駆け寄って抱え上げると泥酔状態だった。開店以降、接客をするにもここまで飲むことはなかった。
「ク、クミ……、トイレ……」
 呻きを聞いて二人で力を合わせて急いでトイレに連れて行くと、母親は便器に顔を埋めるようにして吐き始めた。紅美子は最初軽蔑の目で見下ろそうとしたが、徹は躊躇なく母親の背中をさすったり、トイレットペーパーで口を拭ったり甲斐甲斐しく介抱しているのを見て、服の上から母親のブラジャーを緩め、
「ママ、大丈夫?」
 と嫌々問うた。その問いかけけにも満足に答えられない母親の嘔吐が収まってくると、二人で引きずるように部屋に連れて行き布団の上に寝かせる。
「ママ、……ねぇ、ママってば。しっかりして」
「……クミちゃん。そっとしておいてあげようよ」
「でも」徹の方を向いて眉を顰めて、「はずかしいよ」
「別に僕しか見てないよ」
 ……それが、だよ。徹……。私、徹に見られるのが恥ずかしかったんだ。
 紅美子の母親が寝転ぶ隣の部屋で徹が問題集を再開させると、間もなくして、
「クミぃ……、ごめんねぇ……」
 と母親の大きな声が聞こえてきた。
「ほんっと、やだ。はずかしいよ、ママ。最低」
 紅美子が言うと、徹が小声で、だめだよ、と言った。
「ごめんねぇ、だらしないママで……。ママ、一生懸命育ててるつもりなんだけどぉ……」
 紅美子の母親の声が泣き声に変わってきた。襖の向こうからグスグスと鼻を啜る音が聞こえる。
「やめてよっ! 徹いるんだよ」
「いいよ、クミちゃん。何も聞かないし、誰にも言わない」
 徹はまるで紅美子の母親がそこに居ないかのように、さっきまでと全く変わらぬ速度で問題集を仕上げていく。
「ママ、男運、ほんとないんだぁ。ダメな女なんだぁ……。クミは、ママみたいにならないでね。ママみたいになってほしくないよぉ……」
 紅美子は意識もなく話し続ける母親の言葉をどう聞いていいかわからず、イライラとして襖を開けようとすると、
「ママね、乱暴されたんだ」
 と聞こえてきた。徹の鉛筆もさすがに止まった。紅美子が振り返って徹と目を合わせる。「……ママね、昔、レイプされたの。好きだった男がいたんだけど、その知り合いか何かのヤクザな男にね。私が惚れてた男に会いにいったら全然しらない人がいたんだよぉ……」
「ママ……、ちょっと、やだよ。何言ってんの?」


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