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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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1.違う空を見ている-18

 越してきた翌日、母親は厚化粧に派手なワンピースを着て昼すぎには出かけていった。開店初日だから頑張るわよ、と張り切っている母親を送り出し、紅美子は残していったおにぎりを食べてから、部屋の中でテレビを見たり、絵を書いたりしていたが、シンとした部屋に居続けると体を動かしたい衝迫に、ずっと使い続けているなわとびを持って外に出たのだった。
 飽きること無く、飽きることを意図的に拒絶しながら跳び続けているうち、夕暮れになってきた。紅美子は縄を止めると茜の上澄みに沈殿していくように漂う薄紅藤の空を見た。夕焼けは綺麗に思うが、紅美子は建物の間に垂れこんでくるような薄紅藤のほうが好きだった。紅美子じゃなく、紫美子のほうがよかったかなぁと、紫色が好きで、何でも紫に塗ろうとする紅美子に母親が漏らしたことがある。
 空の紫を追った目線の先に三階建ての新築があった。
「大きい家だねぇ……。きっとお金持ちだ」
 午前中、母親と一緒に近所のスーパーへ行った帰りに前を通り掛かるとトラック二台が停まっており、次々と荷物を下ろしている様子を見て母親が言った。昨日知り合いの軽トラ一台で事足りてしまった紅美子たちとは大違いだった。きっとお金持ちだからイヤな人たちが住んでいるんだ。紅美子は勝手にそう思って縄跳びを再開しようと向きを変えると、人影が夕日に照らされていた。
「ね、お嬢ちゃん。このお家の子?」
 優しそうな女の人が身を屈めて問いかけた。紅美子は身を固くして警戒していたが、二人の大人はずっと優しい笑顔を向けてきたからコクリと頷いた。
「お父さんとお母さんは?」
「……ママは今いない。……お父さんはずっといない」
「そう……。あのね、私達、この家に今日引っ越してきたの」
 女の人は美しい新築を指さした。私も昨日ここに、と指をさすのは紅美子でも憚られるほどの小さな汚いアパートだったから、何も言わずじっと女の人を見ていた。
「お名前、なあに?」
「……くみこ」
「くみこちゃんか。カワイイ名前だね」
「……」
 すると男の人が紅美子の前まで歩いてくる。その後ろからしゃがんだ女の人の背中へサッと移動して隠れる小さな影があった。
「くみこちゃん、なわとび、上手だね」
「……これしかすることないもん」
 男の人は笑って後ろを振り返った。あれ、という表情で周囲を見回すと、女の人のワンピースへしがみついている小さな影の主を見つけ、手を引いて無理矢理に紅美子の前に連れ出した。
「ウチの徹はなわとびが飛べないんだ。一回も。教えてくれないかな?」
 しかし徹は首を横に振るとまた母親の後ろに戻っていった。
「徹は日本で暮らすのは初めてなの。くみこちゃん、お友達になってくれる?」
 母親は紅美子を見ながら自分の背後の徹に手を回して探したが、徹はその手を躱そうと必死だった。明らかに徹はそれを望んでいないように見える。
「くみこちゃん、いくつ? 歳」
「いつつ」
「じゃ、徹と同じ歳だ。よかったね、徹。同じ歳の友達がいきなりできそうだよ」
 徹の母親は、父親の難を逃れて隠れに来た徹をあっさりと紅美子の前に差し出した。
 ……完全に私のこと、恐れてたなぁ。指咥えちゃう癖、いつ治ったんだっけ。
「なわとびがしたかったら、ウチの庭でしたらいいよ」
 徹の父親が言うと、母親も立ち上がった。
「大丈夫かしら?」
 紅美子と徹へ笑顔を向けていたが、言葉は彼らにではなく、夫に向かって発していた。
「勉強として教えるより、同年代の子としゃべっていたほうが身につくのはよっぽど早いさ。子供の力をナメちゃいけない」
「……そうね。じゃ、徹、しばらくそこでなわとびの練習ね」
 父親と母親はそう言うと、すがるような目で追う徹を置いて家に入っていってしまった。置いてきぼりになった徹は、今にも泣きそうな顔でずっと家の入口の方を見て、紅美子と目を合わせようとしなかった。
「日本で初めて暮らす、ってどこにいたの?」
「……」
 徹は紅美子を見ずに、まだ自分の家のほうを向いて、指を咥えたまま、体を左右に揺すっている。
「ねぇ」
「……」
 変なヤツ。紅美子は徹を放って置いてなわとびを再開した。家に帰るわけでもなく、徹はその様をじっと見つめていた。
「見てるとしにくい」
 自ら縄を止めて言った。
「……うまいね」徹はチラチラと紅美子を見ながら、「なわとび」
「なんだ、しゃべれるんだ」


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