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透明な滴の物語V
【同性愛♀ 官能小説】

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ワインのあとで-4

(この人とは違って、私は急いでいるの!)
聡美は薄暗い蛍光灯の灯るホームを行ったり来たりした。
何度も往復した。
しかし、電車は一向に来る気配がなかった。

誰も乗っていないような始発電車が、のんびりと入線してくる。
電車に乗って座ると、同じ車両に先ほどのジャンパーの酔っ払いも座った。
どんなに急いでいても、この男と時間の流れは同じだった。

「新幹線で田舎に帰ったわ。病院には、もう親戚たちが集まっていたの」
ほとんどの親戚が顔をそろえている状況がなにを意味しているのか。
そのことを理解すると、聡美の心は張り裂けそうになった。
病室に入ると、親戚は気の毒そうな視線を聡美に向けた。
母は少し前に亡くなっていた。
聡美はすべてを理解すると一人で病室から廊下に出た。
そしてハンカチで顔を覆うと胸がつかえるような嗚咽を漏らした。

「私はお母さんのことが好きだった。
それなのに最期のお別れを言えなかったの。
今になって思うの。
あの夜、なんでタクシーを使わなかったんだろうって。
なんで始発の電車なんか待っていたんだろうって…。
そうすれば間に合ったかもしれない。
全部タクシーを使っても、せいぜい10万か20万円だと思う。
そんなお金、お母さんにお別れを言えるのだったら安いものよ。
でも当時はお金がなかった。
神様は私にイジワルしたの。
たった一言でいい。
たった一言でいいから、言わせてほしかった。
『ありがとう』って」

ここまで言うと聡美は佐和子の胸に顔をうずめて嗚咽した。
その嗚咽には、心の底から振り絞るような悲しみが込められていた。
「お母さん、最後にお別れを言えなくてゴメンね。お母さん、ありがとう」
聡美は泣きながら、何度もその言葉を繰り返した。



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