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鳳仙花
【その他 官能小説】

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鳳仙花-6

(6)


 次の夜も葉月の『手』は訪れた。そして帰る前日まで続いた。

 薄明かりの部屋で待っていると静寂が染み渡り、ひととき隣室の物音が消える。やがて布の擦れ合うかすかな音がして畳を踏みしめる軋みが聴こえて襖が開く。ここで必ず葉月の動きが止まる。
(ためらいなのか……)
わからない。

 部屋に入ると動きに滞りはなかった。静かにぼくの横に立ち、まるでそれがマナーでもあるかのように正座した。
 ぼくはパジャマを引き下ろす。すでに勃起している。
伸びてくる細い腕。触れてくるまでの刹那ほどの時間に待ち望む期待が膨れあがる。
(う……)
亀頭が柔らかに包まれて、ぼくの体は伸び上がっていく。

 葉月の手は形を確かめるように軽くこねてから動き始める。二度目からはティッシュの箱を事前に手元に引き寄せてある。

 めくるめく瞬間はほどなくおそってくる。ぼくは全身を弓なりに突っ張って噴き出す。
「うう……」
押し殺しても声が出て唸り、快感の放出の反動が起こってじっとしていられない。
 葉月はティッシュを当てながらなおもペニスを擦り続ける。
「ううう……」
 この時の先端が過敏なことを中学生の葉月が知っていたとは思えない。だから、ぼくが快感に悶えるのを見て夢中で扱いていたのだろう。噴き上げた精液が拭き取っても幹を伝い、おそらく手にも付着したのではないだろうか。
 脱力で呆然とする中、葉月がすっと立って、
「おやすみなさい」
暗がりの後ろ姿はぼくの心に濁った波紋を残していった。


 ぼくの気持ちは日に日に落ち込んでいった。
(ひどいことをさせている……屈辱的なことを強いている……)
毎晩ペニスを握れとは言っていない。葉月は自分から部屋にやって来るのだ。
(いや、ちがう。ぼくが圧力をかけた結果だ……)

 きっとぼくを軽蔑しているだろう。恨んでいるにちがいない。一日も早くこの家を出たいと思っているはずだ。
(いやらしいことをする『イトコ』がいる不潔な家……)
だが親が迎えに来るまで帰ることは出来ない。早く迎えに来てほしいと願っていることだろう。
 おかしなことにぼく自身がそう思うようになっていた。
黙々と無言で男根を握って男を満足させる行為をこなす葉月。その姿は痛々しかった。
この家の空気がきっと彼女に有無を言わせなかったのだと思う。ぼくはそれを知ってつけこんでいたのだ。
(叔父さんたちが迎えに来れば、葉月は自由になれる……)
ぼくが彼女を解き放てばいい。わかっていながら若い淫欲は苦悩の中でさえ熱を失うことはなかった。


 醜悪な自分を感じていた。彼女がペニスを扱くなんて、初めてに決まっている。男に裸を見せたのも初めてのはずだ。むろん、アソコに触れられたのも……。
 純真な少女を汚した……。罪悪感は確実に心に沁み入ってきていた。

 最後の夜、正座をした葉月にぼくは言った。
「もう、いいよ」
葉月の表情はわからない。
「どうして?」
「いいんだ……」
「ほんとに、いいの?」
「うん。明日帰るんだろう?」
「……お母さんが迎えに来る。今夜成田に着くんだって」
「よかったね」
「うん……」
ペニスは勃起していなかった。
「じゃあ、寝るね」
「うん……」
葉月が部屋を出る時、ぼくはこみ上げるものを感じて思わず掠れた声で言った。
「ごめんね……」
振り返った少女は頭を横に振った。たしかに、左右に振った。


 叔父と叔母が新婚旅行の土産を持って我が家を訪れた日、それは葉月が去っていく日でもあった。

「兄さん、ありがとう。勝手を言って」
「お義姉さん、娘がご厄介かけました」
葉月の母はぼくに向き直り、
「豊さん、ごめんなさいね。葉月がご迷惑をかけたでしょう」
ぼくは愛想笑いを浮かべていることしか出来なかった。
 葉月は心から嬉しそうな笑顔に満ちていた。
「伯母さん、伯父さん、お世話になりました」
そしてぼくに笑いかけた。
「豊さん、ありがとう……」
その笑顔には嫌味も皮肉もなく、それだからなおのこと、ぼくはその視線に耐え切れず俯いていた。
(どうしてそんなに明るい笑顔になれるんだろう)
家に帰れるからなのか?
 それにしても淫靡なぼくの所業が体にまとわりついているだろうに……。


 駐車場は少し離れたところにあり、そこまで見送りに行くことになった。
「あ、ホウセンカだ」
葉月が声をあげた。
「きれいね」
誰が植えたのか道端に並木のように赤い花が続いている。気にもとめなかったが、毎年見かける光景であった。小さな花だが、二、三十メートルにわたって咲いているので目を惹く眺めである。
「葉月の花ね」
叔母が言った。
「葉月ちゃんの花?」
叔父が不思議そうな顔で振り向いた。

「別に深い意味はないの。誕生日が八月だし、ちょうどその頃咲いていたから。それにーー」
叔母は葉月に視線を向け、
「憶えてる?爪に塗ったの」
「うん、憶えてる」
「小さい頃、この子の爪に赤い花びらの汁を塗ったことがあるの。魔除けになるって聞いたことがあって」
「それ、聞いたことがあるな。沖縄だったか。あっちではティンサグっていうんだよね」

「葉月ちゃんの誕生日っていつなの?」
後ろを歩いていた母が訊いた。
「十七日です」
「あらやだ、一昨日だったんじゃない。言ってくれればお祝いしたのに」
「いえ、そんな」
「ごめんね、葉月ちゃん」
「いいえ。ありがとうございます」
「じゃあ、十四歳になったのね?」
「はい」
「しっかりしてるわ」
心にもない母の言葉に腹を立てるより、ぼくは自身を責めていた。
 



  



 
 


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