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鳳仙花
【その他 官能小説】

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鳳仙花-1

(1)


 母の刺々しい言葉は連日続いていた。
「どういうつもりだろう」と言っては溜息をつき、「あちらの家に預けるのが筋じゃないかしらね」と首を振り、挙句は、
「正彦さんも、もっと若い相手がいたでしょうに。何もコブつきじゃなくても」
そうして叔父の結婚相手をネチネチと悪様に言い始める。
「いい加減にしないか」
ふだん無口な父もさすがにうんざりしてたしなめる。母はようやく口を噤み、あとは聞えよがしの溜息ばかりついた。

 正彦叔父さんは父の弟で高校の教師をしている。四十まで独身を通していたが、ようやく結婚することになったのである。同じ高校に勤める同僚で三十八になる女性だという。その相手が母には気に入らないようだ。
「年齢を考えたら子供を産むのは難しいわね。正彦さん可哀想。自分の子供を抱けないなんて」
「人の人生に口を挟むもんじゃない」
「挟んでないわよ。あたしがそう思うだけよ。気の毒で仕方ないから」
父は黙り込んでしまう。
このところこんな調子で家の中は気まずい空気が漂っていた。

 叔父さんたちが結婚の挨拶にわが家に来たのは三か月ほど前のことである。女性の中学二年の娘と三人で訪れたようだが、ぼくはたまたま友達と遊びに行っていて会うことはできなかった。父は、
「礼儀正しいきちんとした人だ」と相手の女性を褒めていた。
「あの子も頭のよさそうなしっかりした子だ。挨拶もできて」
「中学生なら挨拶くらい出来て当然ですよ」
母には好意的に受け止める気はまったくなかった。何かにつけてケチをつけた。

 相手の女性は、結婚式はともかく、できれば披露宴は遠慮したいと叔父に言っていたそうだが、それについても母は、
「そりゃそうでしょうよ。二度目なんだから。いい歳をして気まり悪いでしょう。でも、正彦さんは初めてなんだから、そんな勝手は通りませんよ」
 式は八月半ば、学校の夏休みにすべてを済ませたいという都合であった。
「一番暑いさなかに大変だわ」
そこへもってきて、その娘を預かる話になったものだから母の怒りは頂点に達した。叔父たちが新婚旅行に行っている間の五日間、我が家に泊めてもらえないかというのであった。新居は東京で、二学期から転校するという。それに女性側の親戚は遠方なので、ぜひお願いできないかというのであった。
「義姉さん、ご厄介かけるけど頼むよ」
 叔父からの依頼で、外面のいい母は愛想よく引き受けたらしい。そんな自分にも腹が立っていたようだ。
「断ればよかったわ。でも正彦さんに言われたらいやだって言えないでしょう?あの女が言わせたんだわ」
何につけて文句ばかりだった。

 義理の叔母と新しい従兄妹と会ったのは式場の控え室である。花嫁である義叔母が自ら娘を連れて新郎側の部屋にやってきて丁重な挨拶をした。よほど気を遣っていたのだと思う。その際、ぼくに対してもわざわざ娘を伴って頭を下げ、
「豊さんですね。ご迷惑をかけますけど、よろしくお願いしますね」
「はい……」
この日はホテルに泊まり、明日の夕方うちに来るという。

「葉月です。ご挨拶して」
娘は口を一瞬引き締めてから、ぺこんと頭を下げた。
「よろしくお願いします。明日からご厄介になります」
『ご厄介』という言葉が何だか中学生には不自然に感じた。きっと親に言われた通りに言ったのだろう。ショートカットの襟足がとても細く見えた。

「豊さん、高校二年でしょう?」
「はい……」
「そろそろ受験の準備かしら」
「いえ、まだ……何も決めてません」
ちらちらとぼくに視線を向ける葉月の切れ長の目は芯の強さを感じさせる眼差しを持っていた。

 神前で行われた式の最中も、披露宴でも、ぼくは葉月の姿を捉え続けていた。
(あの子が明日からうちに来る……女の子だ……)
そのことばかりが頭を離れなかった。突然親戚になる、ということより、女の子が不意に身近に現れた……その戸惑いとかすかなときめきが胸にさざめいた。ぼくは一人っ子。女の子が我が家にいるという状況を受け入れる想定も、そもそもの下地もなかったのである。
 とはいえ、十七歳のぼくからすれば中学生は幼く見える。異性の意識はあったものの、子供だという思いの方が強く、性の対象として感じてはいなかった。少なくともその時には……。


 翌日の夕方、最寄りのS駅に着いたとの電話を受けたのはぼくだった。
「これから伺います」
「うん。ちょっと待って」
母を呼び、駅に着いたことを伝えると頷いただけで出ようとはしなかった。
「道はわかるだろ。一度来てるんだから」
それだけ言ってテレビに目を向けた。聞えよがしの声は耳に届いたと思う。
「道、わかる?」
「わかると思います。一度行ってるから」

 駅からは十五分ほどかかる。
ぼくはそっと外へ出るとぶらぶらと駅に向かって歩いた。
(迎えに行くわけじゃない……)
そう自分に言い聞かせながら、心のどこかに同情が生まれていた。同時に母の冷たさへの反発があった。
(一度来たっていっても叔父に付いてきたんだ……迷うかもしれない……)

 途中まできて、立ち止まった。五差路の交差点である。駅からの道はいくつかあるが、必ずここへ出る。ここで間違えるととんでもない方向へ行ってしまう。ぼくは角の本屋に入ると雑誌をめくりながら交差点を見守った。

 黄色い服を着た葉月が信号で立ち止まる姿を見た時、ぼくはほっとしたものだ。リュックを背負い、手には大きなバッグを持っている。体の傾き加減からするとかなり重いように見える。
 店を出て、どうしたものかと思った。
(待っていたのではない……)
そわそわと気持ちが騒いだ。
 信号が青に変わった。葉月は渡らずにきょろきょろと辺りを見回している。
「こっち!」
ぼくは思わず手を振っていた。 


 

 



  


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