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寒椿
【その他 官能小説】

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寒椿-3

 知恵子は私にすべてを捧げて体を任せた。初めての男に恥じらう花弁は震え、それでも覚悟で臨んだ処女体は女体となって私を迎えた。
 
「結婚はできないよ」
「うん……。好きな人にあげたいの。あなたと結ばれたいの」
 開いた股間に夥しい愛液がとめどなく溢れ、狭路に満ちて、私たちは一気に繋がった。
「ああ!」
締め上げたのではなく、緊張の収縮であったろう。苦悶に歪んだ顔は歓喜の表情にも見えた。

「痛い?」
「ちょっと……」
「初めてなの?」
「うん……」
「ありがとう」
「嬉しい……結ばれてるのね……」
肘を立て、少し体を浮かせると知恵子の手を結合部に誘導した。

「信じられない……」
「入ってるだろう?」
「うん。あなたが、入ってる……」
悦びに満ち溢れた仄かな微笑が柔らかく浮かんでいた。唇を重ね、その時、愛しいと思ったのは本当である。だがそれは初体験の相手に自分を選んでくれたことへの少々の感激にすぎなかった。

 大学最後の夏、私は仲の良い友人たちと卒業旅行を計画した。
「最初で最後かもしれないな」
計画するだけでも楽しくて何度集まってあれこれ騒いだことだろう。
 嬉しさのあまり、私は知恵子にそのことを話したのだと思う。彼女は見送りに行くと言い出した。
「何か食べるもの、作っていくわ。美味しいもの考える」
目を輝かせて言った。
 私は発車時刻が遅いことなどを理由に婉曲に断った。
「夜行列車だから、発車が遅いんだよ。帰りが大変だからいいよ」
あくまでも彼女への配慮を前面に出して言った。
「叔母の家に泊まれば近いけど……」
「とにかく、いいよ」
知恵子は不服そうに口をすぼめた。

 知恵子を友人たちに紹介したことはなかった。本音をいえば知恵子が美人だったらという醜い心があった。
(とても会わせられやしない……)
友人の何人かの彼女を見たことがある。とてもキュートで羨ましかった。
(比較されるのはごめんだ……)

 知恵子は不承不承納得した。内心胸を撫で下ろす想いだった。
ところが知恵子はやって来た。列車の待ち合わせ場所から移動し始めた時、不意に小走りに近寄ってきた。それまでどこかで様子をうかがっていたようだった。
 気づいた私はきっと不快な表情を見せたのだと思う。
「なんで……」
「ごめんなさい」
そして手提げの大きな袋を差し出した。
「横にするとおつゆがこぼれるから」
手渡すと振り向かずに去っていった。
「おうおう、これがほんとのご馳走さまだな」
友人たちの冷やかしに私はただ笑うばかりだった。

 終着駅に着いた翌朝、空腹を感じて紙袋を思い出した。
「忘れてた」
「そうだ、彼女の手料理」
中味を見て友人たちは声を上げた。それは仕出し料理のような豪華な彩りの本格的なものであった。煮物から天ぷら、焼き物など、丁寧に詰められてある。
「うまそうだな」
すぐに異常に気づいた。饐えた臭いが鼻をついた。真夏の、冷房もない当時の車内である。
「腐ってるよ」
「うわー、もったいねえ」
「食いたかったな」
一人が真顔で言った。私は袋ごと棄てた。

 帰ってから、その料理は姉妹三人による手作りだったことを聞いた。自責の念にかられたことは確かだった。美味しかったと礼を言ったような気がする。

 知恵子との付き合いは五年に及んだ。二十歳の時に知り合ってからのその年月は女性にとって十分に結婚を意識させる時間である。だが私が養子になることは無理だったし、なによりその頃の私に重い責任を背負って歩く地盤などなかった。
 養子……。知恵子の結婚相手は養子という形態をとらなければならない。私にはできない。知恵子もそれは承知している。それでも付き合うのは彼女にその気があるからだ。
 そんな理屈を盾に、なおもだらだらと関係を続けていた。私にとって知恵子は性欲のはけ口となっていた。

 彼女の家族からみれば、もはや私の存在はただの胡散臭い男でしかなかっただろう。初めの頃はともかく、すでに彼女の将来に不必要な男であることは明白だった。電話をかけて母親や姉が出た時の一瞬の沈黙がそれを物語っていた。
「まだ付き合ってるのって、姉に言われちゃった……」
知り合って四年を過ぎた頃から、知恵子はそう言って溜息混じりの笑いを洩らすようになった。そんな時の彼女は妙に大人に見えた。逆に私は少年のように返す言葉もなく押し黙っていた。

(知恵子と会う資格も理由もない……)
それは最初からなかったのかも知れない。
 身勝手な私の呼び出しに応じて出てくる彼女の目には以前の輝きは失われていた。私は自分の狡猾な思惑を見つめながらやり切れない想いであった。


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