投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

寒椿
【その他 官能小説】

寒椿の最初へ 寒椿 1 寒椿 3 寒椿の最後へ

寒椿-2

(2)


 アルバイト先でのある日、まだ名前も知らなかった玲子と知恵子がやってきて、
「私たち帰りに喫茶店に行くんですけど、一緒に行きませんか?」
玲子が誘ってきた。その時知恵子は玲子の後ろで、まるではにかんで母親に寄り添う子供のように私を見ていた。やや小柄で、比較的肉付きがよかった。美人ではないが、素直そうな目をして口元に愛嬌があった。

 結局その日は約束があって行くことはできなかったが、それが切っ掛けで二人と話しをするようになった。後日、
「今度吉田さんを誘ってあげて」
玲子に言われて、私に声をかけたのは知恵子の依頼だったことがわかった。
 それ以来、時々意識して知恵子に視線を送った。彼女も素知らぬ風を装いながらもたしかに受け止めていて、ふと気がつくと私を見ている知恵子がいた。

「来週、旅行に行くんだけど、何かお土産送るから住所教えてよ」
夏のアルバイトが終わる頃、『二人』の関係が始まった。
「嬉しい。どこに行くの?」
メモ用紙を取り出しながら、
「電話番号も書いておくね。暇な時、電話ちょうだい」
知恵子はほんのり顔を赤らめながら言った。

 東北の旅先からコケシを送ったのを憶えている。数日後、葉書が届いた。
『かわいいコケシ、ありがとう。なんとなくあなたに似ているようで、机の上に飾って毎日見つめています』
 私はその折り、もっと高価なコケシを想いを寄せていた他の女友達に送っていた。

 二か月ほどして知恵子と初めて二人で会った。彼女の希望で銀座へ出かけた。私には馴染みの薄い街であった。
 街を歩き、食事をして、映画を観た。ネズミが凶暴化して人間を襲うという気味の悪い映画だった。知恵子は何も言わなかったが、私は、初めてのデートにどうかと思う映画を観ている私たちがおかしくてならなかった。
 暗くなるまで喫茶店で話をした。

「私の家、旅館なのよ……」
知恵子は告白でもするように目を伏せながら言った。その言い方から意味が伝わった。本来はビジネスホテルなのだが、駅に近いこともあって男女の客が利用することが多かったようだ。イメージとしては今でいうラブホテルであった。
「子供の頃から恥ずかしくて……」
私の反応を待つように上目を向けた。
「そんなこと気にしてたの?」
「だって……」
本人にしてみれば大きな問題だったようだ。
「いやじゃない?」
私が笑って頷くと、胸に手を当ててほっと息をついた。

 正月には初詣に出かけた。彼女の着物姿は鮮明に憶えている。ふだんとちがう化粧のせいもあって、私は艶めく匂いを感じ取って見とれたものである。
「きれいだね……」
思わず言葉が洩れていた。
「ありがとう……」
知恵子はどこまでも素直だった。

 やがて私は暗い場所を好むようになった。誠実な言動を保ちながら、知恵子を夜の公園や同伴喫茶に引き入れるようになった。知恵子は特に抵抗やためらいは見せなかったが、意識の照れ隠しなのか、いつも何か喋り続けていた。
 キスの段階を経て、私の手は服の上から胸に触れるようになり、何度か目には触手は下半身に及んでいった。
「いや……」
弱々しく拒む知恵子に私は囁いた。
「愛してるよ……」
私の言葉に知恵子の乙女のベールは一枚、また一枚とはがされていった。

 いつしか知恵子の肉体しか考えないようになっていた。まだ結ばれてはいなかったが、私の手は彼女の体の隅々までまさぐり、指は秘液に濡れた。
 会えば私の愛撫を待ち受けるようになった知恵子。ジーパンが好きだったのにスカートになり、胸にボタンのついた服を着てくるようになった。それは私のためだったのかもしれない。すぐに手が入るように……。

 同じ時期、私は別の女と交際していた。女は理想の存在で、私の心を占めていた。彼女を追い求めて精一杯の誠意を傾けたものである。金も使った。学生にしては不相応の贈り物で見栄を張ったこともある。ある時は知恵子に金を借りて女と豪華な食事をしたこともあった。何も知らずに財布を取り出す彼女に罪悪感はあった。しかしその時はどうしようもない流れの中にいた。
 そのうち女は遠ざかり、見えなくなった。憔悴して振り返ると、そこに知恵子がいた。

 ある時、
「私、叔母のところの養女になるの」
顔には笑みがありながら、その目には見る間に涙が溢れてきた。
 知恵子は三人姉妹の二女であった。叔母夫婦に子供がなく、知恵子が養女になるという。その話は中学の頃から決まっていて、漠然といずれそうなることは理解していたものの、いよいよとなると複雑な感情が錯綜したのだろう。自分が育った家を出て、姓も変わる。眼前に迫ってきた現実に気持ちが昂ぶったようだった。遠方に住むわけではないし、幼い頃から知っている叔母の家。行き来は自由だ。それでも言い知れぬ淋しさが込み上げたようであった。

 同伴喫茶の片隅で私は涙を拭う知恵子を抱きしめていた。
「だからね……私、養子をもらわなきゃならないの。叔母さんの家の跡を継ぐの……」
「俺は、長男だし……」
私は慌てて真顔で言った。暗に結婚を仄めかされたと思ったのである。
「わかってるわ……」
頬を擦り寄せて、
「いいの。……あなたとは、縁がなかったのね……」
消え入るような声だった。そしていきなり私の首に両腕を絡めてきた。
「ここを出ましょう……」
顔を覗くと薄暗い照明が瞳に光っていた。


寒椿の最初へ 寒椿 1 寒椿 3 寒椿の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前