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寒椿
【その他 官能小説】

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寒椿-4

(3)


 あの日、いつものように待ち合わせ場所に現れた知恵子は、ホテルへの道を歩きながら私の腕を取って言った。
「今夜、泊まれる?」
これまで二人で朝を迎えたことはなかった。
「家は、いいの?」
「中村さんの所に泊まることになってるの。彼女も知ってる……」
「そう」
私の頭にはセックスの世界が広がった。
「ゆっくりできるね」
「うん……」

 部屋に入り、すぐに熱いキスを交わしながらベッドに倒れ込んだ。
「ね……今夜でお別れ。お見合いしたの……」
「そう……」
「ほっとした?」
「そんなことないよ。なんでそういうこと……」
「重荷だったんじゃないかと思ってた……」
「いや……」
やはり淋しさがあった。

 この日がくることはわかっていた。時間の問題だったのだ。いや、もっと早く、彼女を解放すべきだったのかもしれない。重荷だったのは自分の方だ。……

 抱き合って互いの息遣いを確かめ合うように首筋に顔を埋めた。部屋に静寂が流れた。
「今夜だけ、あなたの奥さんでいい?」
その言葉は胸を打った。
「お風呂沸かしてくる。一緒に入ろう」
明るい笑顔は最後の夜に精一杯繕った愛だったのか……いつもの甘い香水の香りが漂った。

 知恵子の手と唇は私の体を這いまわった。確かめるように、何かを探すように、熱い息を吹きかけながら肌を滑っていった。要求しても含まなかった『漲り』を自ら咥えて舌を絡ませた。
「気持ちいい?」
「うん、とても……」
「もっと早くしてあげればよかったね……今夜はいっぱいしてあげる」

 女臭を発散させながら悶える知恵子の肉体。私と共に成熟してきたと考えるのは自惚れというものだろう。
(ああ、しかし、何と妖艶な女になったことだろう……)
蕩けるほどの肉付きは私の体にねっとりとまとわりつき、肉棒を吸い上げる口からは絶え間ない唾液が洩れてくる。

 何度も知恵子を抱きながら、私は何を見ていたのだろう。劣情を一方的にぶつけ、排泄してきただけのように思えてきた。彼女はいつの間にかしっとりと露に濡れた女になっていた。
 甘い唾液を求めて唇を重ねて絡む。愛液は泡立って溢れていた。
「そのまま、きて……」
「いいの?」
「うん……。最後の夜だから……」

「ああ!奥までくる!」
交わった性器はがっしりと絡んだ。
「あなた!」
知恵子は全身全霊で愛を表現した。たった一夜の新妻を演じた。

 真夜中、知恵子が頬を濡らし、私が指で拭う。出会いからの思い出が過っていく。笑顔ばかりだった知恵子が泣いている。胸が痛み、滲んだ二人の姿が脳裏に映る。彼女の涙は温かいのに、冷たく思えて、明日を思った。

 私は煙草をふかし、知恵子は煙の流れを追っている。部屋に不思議な雰囲気が漂っている気がして、それは愛のように思える。
(愛なのか?)
ふと、思った。外を行きかう車の音が聴こえる。
(知恵子は女なんだ……)
いまさらのように心に沁みてきた。
(男の生き方とはちがうんだ……)
背負うものが異なっている。道を選ばなければならない時期がある。……

 朝はまだ来ない。知恵子が窓辺に立って夜空を見上げた。窓には侘しい部屋の明かりが映っている。
(知恵子は女、私は男……)
別れる理由はそれだけ。そこにすべてがある。
「知恵子……」
「ん?」
振り向いた彼女はなぜか絡み合った時の色香は消えて、とてもあどけなく見えた。
 頬を寄せ、静かな夜の気配を聴くように抱き締めた。


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