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流れゆく雲は山の彼方に
【その他 官能小説】

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その(2)-1

 翌朝のミカネエはいつもと変わりなく見えた。
 (ミカネエは泣いていたのだ……)
子供の私には想像が及ばないことではあったが、悲惨な出来事だったことはわかる。それなのにミカネエは元気に見える。不思議でならなかった。
 私はまだ幼くて、ミカネエの胸に押し込んだ悲しみを推し量ることが出来なかったのである。

 しばらくして、晩飯に分厚いステーキが出て私もアリサも目を丸くして驚いた。
「すげえ」
「おいしそうだね、兄ちゃん」
アリサは食べたこともないのに言った。私は一度だけ、ずっと前に食べたことがあった。親父が数日ぶりに町から帰ってきた時だ。
「今日は大当たりだった。豪勢にやるぞ」
博打で儲けたのだと思う。
 だがこの時はちがう。このところ親父は町へは行かず家でごろごろしていた。
 それからも、たっぷり鶏肉の入ったスープや香ばしいベーコンが毎日のように食卓に並んだ。米びつには米がいっぱい入っている。
「うち、お金持ちになったの?」
アリサが肉を頬張って言うと、親父は口元で笑った。ミカネエは一点を見つめたまま押し込むように飯を食っていた。

 寝静まった夜、気配に目覚めるとミカネエが着替えをしていた。声をかけようとした時、足音がして襖が開いた。親父の顔が覗いた。
「すまねえな……」
それだけ言うと立ち去っていった。

 外へ出て行くミカネエ。私は高鳴る動悸に急かされるように後を追った。距離は離れているが月明かりにぼんやり姿が浮かぶ。イサオさんの家に向かっていた。
(また、アレをするのか?……)
はたかれて、パンツを脱がされて、辛い目に遭うのか。……

 
 私は目に焼きついた光景を背負い、重い頭をうなだれながら家に帰った。
やはり、アレをした。……だが、あの夜のミカネエとはちがっていた。
 床部屋に姿はなく、裏に回ると煌々と明かりのついた部屋の布団にミカネエは裸で寝ていた。同じく裸で見下ろすイサオさんに笑いかけていた。
 イサオさんがオッパイにしゃぶりついた。
「待って」
「どうした?」
「今日は、少し多くもらいたいんです」
「けっこうあげてるだろう?」
「もうすぐ妹も学校だし、弟の服も買いたい」
「そうか。わかった。上乗せするよ」
「すいません……」
ミカネエの腕がイサオさんの背中に回って脚が開いて絡みついた。
 私の中で何かが弾け飛んで鈍い音を立てた気がした。

 それから二か月ほどしたある日のことである。
 学校から帰るとアリサが泣いていて、ミカネエが抱きしめていた。イサオさんが土間に座っていた。親父が煙草の吸殻を投げつけた。
「ふざけるな。誰が孕ませていいと言った。とんでもねえ話だ」
「だから嫁にくれりゃ大事にするさ」
「冗談じゃねえ。おめえなんかにやれるもんか。ミカだって嫌だと言ってる。そうだな?」
ミカネエは俯いて頷いた。
「俺、ミカちゃんに惚れてんだ」
「いい歳をして何を寝言言ってやがる。生娘知って狂ったか」
「だから借金棒引きにしたろうが。その後も金は払ってた」
「孕まされたとなりゃ、今度はそんなもんじゃすまねえぞ。きちんと落し前をつけてもらうからな」
めちゃくちゃな話であった。
 しまいに激昂した親父がイサオさんを殴りつけ、イサオさんは転がるように逃げていった。


 ミカネエが首を括ったのはそれから三日後のことだった。子供部屋の隅に私とアリサの真新しい服と靴が置いてあった。

 泣きやまないアリサを抱きしめながら、私は焼き場には行かないと頑なに言った。親父に頭を殴られてもにらみ返した。
 幼い頃、母親の葬儀のことはぼんやり憶えていた。なかでも火葬場で初めて見た骨の枯れ枝みたいな印象は記憶にへばりついていた。
(人間が、こんなになる……)
理屈など何もわからず、ただ不思議だった。
(ミカネエが骨になる……)
考えただけで吐き気がした。とても行く気にはなれなかった。

 白い帷子とパッチをまとった六道衆の足は速い。彼ら四人が押していく大八車の後を親父や近隣の幾人かが続いて行く。ミカネエが入った棺が揺れ動きながら丘の登り口に差しかかった。私はアリサの腕を取って引っ張った。
「泣くな。ミカネエにさよならしろ」
アリサは濡れた頬を歪ませて、それでも立ち上がって丘に目を向けた。
「さよならって言うんだ!」
「母ちゃん。さよなら」
白布に包まれた棺桶だけがやけに大きく感じられた。
 


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