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疼くの……
【熟女/人妻 官能小説】

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かげろう-3

「白状するわね。私たち、ちゃんとセックスしてるの。一つになって」
「でも、さっきEDって……」
「ええ、それはほんと。ふだんは無理。だけどいまはいろいろ薬があるの」
知識としては知っている。
「バイアグラ?」
「主人は別のを使ってるわ。いつもじゃないの。月に一度くらい。私の体力がそれで限界なのよ」
「そんなに効くんですか?」
「個人差があるらしいけど、主人には合ってるみたい。カチカチになる」
言ってから自分で噴き出した。
(そうなんだ……)
「旅行に行った時には必ず楽しむのよ」
「いいですよね。開放感があって」
(たしかに昂奮する……)
泥酔した夫を思い出した。

 だったらお風呂場でなぜ勃起していなかったんだろう。
私の疑問を察したのかどうか、奥さんはやや声を落として言った。
「もう一つ、恥ずかしいこと、白状するわ」
筋力が落ちたからなのか、理由は分からないが、感じて高まってくると、
「お漏らししちゃうの。何年か前から。いやねえ。締まりがなくなってるのね」
漏らすといっても、ちょろちょろではなく、かなりの量なのだという。行為の前に用を足しても出てしまう。
 だから、する時は布団にシートを敷くか、お風呂場になる。
「シートは気持ちわるくて、それに飛び散っちゃうし、後始末が面倒なのよ」
深刻なのだろうけど私は可笑しくて笑いをこらえていた。

「あの日も久しぶりに楽しむつもりだったんだけど、貸し切り風呂が予約できなくて、内風呂もないでしょう。だから薬飲まなかったの」
「それは、残念でしたね。……その分家に帰ってからすごかったりして」
「そうなの」
目を剥いて顔を寄せてきた。
「私、お風呂場で失神したの初めて。お布団まで運ばれたのも憶えてないの」
(面白い奥さん)
私はたまらず笑いだしてしまった。奥さんも声を出して笑った。
「なんでしょうね、こんな話して。あなたにだと何でも話せる気がするわ」

 もう一つわからないのはなぜご主人が貸し切り風呂の棟にいたのかである。
「そうだったの。貸し切り風呂に……」
奥さんは知らないようだった。
「それはたぶん、『私』に会いに行ったんだと思うわ。若い頃の私」
テーブルに置かれたアルバムに目を落とした。
(私のことか……私であり、奥さんでもある……)
「あなた、レストランで九時から予約してあるからって言ってたでしょ。聞こえたの」
「そうでしたか……」
憶えていないが、夫があんまりワインを飲むのでたしなめた時に言ったのかもしれない。
「湯上りの若い女性ってほんとにきれいだもの。一目見ようと思ったんだと思うわ」
(そして、たまたま……)
「偶然だったっていうことですか」
「そうだと思うわ。妙なご縁ね」
「ほんとに」
また可笑しくなって笑った。

「あなたって、大らかで素敵。セックスも割り切ってるのね」
「どうなんでしょう……」
堂々と答えられるものではない。疼くから、なんて言えない。

「私、いまになって後悔してるの。主人しか知らないなんてもったいなかったなって。愛情は別よ。私に経験はないけど、愛がなくても快楽は感じられるわよね。そうでしょう?」
「はい。そう思います」
これははっきり答えた。

 それからひととき雑談をした後、奥さんは真顔になって言った。
「最近よく、かげろうという言葉を思い浮かべるの」
「かげろうって、もやもやって地面から出てくる……」
「そう、陽炎。暖められた空気。色もなく、音もしない。すぐに消えていく。一時的に立ち昇る。そして蜉蝣っていう虫もいる。成虫は弱々しくてひらひら日陰を飛ぶの。産卵したら間もなく死ぬ。儚いわね。私は子供も産めなかった……」
あんなに明るかった顔が沈んでしまって、やはり病気が重く心にのしかかっているのだろうか。

「あなたは後悔しないでね。いろいろな意味で」
少し笑みが浮かび、
「今日はありがとう。楽しかったわ」
「こちらこそ。ご主人によろしく」
「あなたが来たことは言わないわ。その方がいいと思う」
「はい……」
はっきりした物言いであった。
「ごめんなさいね。本心ではどこかであなたに嫉妬してたかもしれない……。私も生身の人間。女なの。どんな人なのか確かめたかったのかもしれないわ。許してね……」

玄関で靴を履きながら、
「また失神してください」
冗談を言って一緒に笑うつもりだったのだが、奥さんは力なく微笑んだだけだった。
「また伺ってもいいですか?」
奥さんはそれには答えず、
「どこか旅先で会えるといいわね……」
私は黙って会釈をして外へ出た。
 傾いた日差しが眩しく目に飛び込んできた。


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