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疼くの……
【熟女/人妻 官能小説】

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かげろう-2

 早瀬さんの家は目黒駅からほど近い住宅街である。多くはビルになっているがまだ古い家屋も残っていて、どれも広壮な造りであった。

 足取りは決して軽いものではなかったが、立ち止まるほど重くもなかった。
 きのう、考えた末、おそるおそる電話をするととても明るい声が返ってきた。
「お待ちしてたんですよ。よくお電話くださったわ」
断るつもりだったのだが、あまりに喜んでくれて、
「明日、どう?ぜひ。お願いします」
押し切られた形で了承したのだった。
 でも、行きずりとはいえ浮気相手の私に対する接し方は理解に苦しむ。彼女の真意は何なのか。特に意味はないのか。もし何かあるなら知りたい。強い想いではなかったが、そう思った。

「立派なお住まいですね」
「古いばかりで」
庭の向こうには駅周辺の高層ビルが迫っている。

 買ってきた和菓子を差しだすと、
「お行儀悪いけど、いま頂いていいかしら」
ホテルで会った時よりずっと元気に見えた。
「意外と静かなんですね」
「そうね。防音もしていないんだけど」
(ご主人はいるのだろうか……)
気配を窺っていると、奥さんは察したようだ。
「主人、留守です。山歩きの仲間と高尾山へ行ってます」
「そうですか……」
「いたら気まずいでしょ?そうでもない?」
「いえ……はい……」
やっぱり二人を前にしたら平然としてはいられないだろう。

 ひとしきり取りとめのない話をした後、私は思い切って訊ねた。
なぜ、私を……。非難されるべき相手なのに……。

「そうよねえ。声をかけるのもおかしいし、家にお呼びするのも変よね」
言いながら煉り切りを美味しそうに食べる。とても表情が豊かで、それに顔色もいい。本当に末期の癌なのか、信じられなくなってきた。

「私の病気のこと、聞いた?」
「はい……」
「三年前に告知されたの。肺の腺癌っていって、奥の方にあって手術できないの。放射線治療をすすめられたけど、断った」
以来、病院にも行っていないという。
「いいんですか?」
「病気も寿命のうちと思うことにしたの」
何もしなければ二年の命と言われたが、不思議なことに三年経っても特に症状はないという。
「癌が消えたわけじゃないでしょうけど。でも体力だけは確実に衰えてるわ」

 奥さんは少し間を置いて、
「その頃から、主人、EDなの。それまでは、この齢で恥ずかしいけどけっこう激しかったのよ」
頬を染めて口元を弛め、すぐに目を下に落とした。
「私のせいなのよ。だから主人には自由にたのしんでもらいたい気持ちなの。私よりずっと若いから、かわいそう……」
私は挟む言葉も浮かばず、黙っていた。
「ちょっと待ってて」
部屋を出た奥さんは間もなくにこにこ笑いながらアルバムをかかえてきた。

「これ、若い時の写真なの」
開かれたページの写真を見て、
(あら……)
「どう?」
「はい……」
「似ていない?」
セーラー服姿、旅行のスナップ、どれも私と似ている。

「似てるでしょう?」
「ええ……」
瓜二つとまではいかないけど、本当によく似ている。
「そんな頃もあったのよ。主人ね、レストランであなたを見かけた時、胸がときめいたって言ってたわ。青春時代が甦ったみたいだって。私も似ているって思ったわ。ごめんなさいね。こんなおばあちゃんなのに」
奥さんは遠くを見るような目をして小さく息をついた。

「あのね。私たち、いまでもセックスするのよ」
「え?でも……」
「セックスでもいろいろあるわ。一つにならなくても、お互いに確かめ合うことはできる。そうでしょ?」
「はい……」
「ホテルで、あなたと主人がどんなことになったのか。私は知らないわ。でも夜、胸に抱かれた時、お湯の香りの中に女性の匂いがした」
「ほんとですか?」
「ええ。四十年以上抱かれているんですもの。私は主人しか知らないのよ」

「そしてね、若い女性の匂いっていいわねって言ったの。そしたら、主人、昔の君と会ってきたって。あなただって思ったわ」
 奥さんの表情はまったく変わらず、むしろ懐かしい思い出を語っているようなやさしい眼差しであった。
(年齢を重ねると、こんなに冷静に受け止めることができるのかしら……)

「昔の私に会えてよかったねってキスしたら、主人の目から涙が流れた。嬉しかったのね」
かしこまって聞きながら、ふと感じた。
「そうでしょうか……」
「ちがう?」
「よくわかりませんけど、奥様に対しての申しわけない気持ちだったんじゃ……」
奥さんはしばらく考える静かな表情をみせ、
「そうだとしたら、余計に辛いわ」
「ご主人の愛ですよ。思いやりですよ。心が繋がっているから他の人と何かあっても気持ちが自由でいられるんです」
「そうか……」
奥さんは口を手で押さえて可笑しそうに笑った。
「若いあなたに教わったわ」
当たっているのか、わからない。でも私も誘われて笑い、打ち解けた雰囲気になり、それからはセックス談議になった。



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