dream・road-5
「怒ってるのか?」
「別に!!」
「怒ってるじゃねぇか…」
「怒ってないもん!」
必死に龍矢はマリアをなだめるが、マリアはまさに聞く耳持たずの状況だった。
「…なにか俺悪いことしたか?」
龍矢は何がマリアを怒らせたのか、まったく身に覚えがなかった。しばらく無言のまま歩くと、マリアがぽつりと話し始めた。
「…だもん」
「え?」
「タツヤ、レイラさんと話したら顔緩んじゃってるんだもん!」
「いや、それは…っつうかそんなことで…?」
「デレデレしちゃってさ、バカみたい!そりゃあレイラさんは綺麗だし!性格いいし…欠点ないし…うぅ…」
「マリア…あのな…」
「バカ!スケベ!タツヤなんかサムライじゃない!」
龍矢にありったけの言葉ををぶつけると、マリアはアパートに向かって走り去っていった。
「なんだってんだ…」
突如、空から雨が降り始める。妙な苛立ちを覚えながら龍矢は自分の部屋に戻った。
ニューヨークの初めての夜は、あまりいい気分で過ごすことはできなかった。
次の日の朝、龍矢はダニーに呼び出され、カフェに向かった。カフェに着くと、ダニーと一人の老人が話をしている。
「ダニー。来たけど…」
「おぅ、タツヤこっち来い!ミゲル、こいつがそうだ」
ダニーにミゲルと呼ばれた老人は椅子から立つと、龍矢へと視線を向けた。
(…!!)
老人は、片目が潰れ、隻眼だった。見るのも痛々しい切創が額から右の瞼(まぶた)を通って左の頬へと抜けていた。
「…」
明らかに龍矢よりも大きい体躯を持つ老人は、龍矢を真正面から睨むと、椅子へと座り直した。
「…パークを二周回ってこい」
「はあ?」
「さっさとしろ…」
「…わかったよ」
「タツヤ!朝の準備までには戻ってこいよ」
ただ公園を走るだけなのだが、とてつもなく広い。一周だけで軽く七、八キロはあるだろう。
(ちっ、なんだってんだあのジジィは!)
いきなり知らない老人に命令されたのだ。龍矢の頭のなかには明らかに不愉快な思いが浮かんでいた。
しかし、ダニーの紹介と手助けがあってこそ自分はボクシングをすることが出来るのだ。
例え今からありついたばかりの仕事をやめ、一人でジムを探したところで結果は目に見えている。
宿なしの一東洋人をプロデビュー目的で練習させてくれるような場所などないだろう。
この場所で夢を叶えるには、今はあの老人の言葉を素直に聞くしかないのだ。
(やってやろうじゃねぇか…)
龍矢は踏み込む足に力を込めて、二周目に突入した。