誠意のカタチ-9
ニュースなんかで、痴情のもつれの末の殺人事件なんてよく聞くけど、そういうのって自分と縁のない世界にあるもんだって思ってた。
奥さんが旦那の不倫相手を刺殺とか、恋人の別れ話の末に男が女を殺したりとか。
そんな怖いことなんて自分には起こらないものなんて当たり前に思ってたけど、目の前の里穂ちゃんの殺気立った表情を見てると、そういう物騒な話はすぐ隣合わせになっているのかもしれない。
想い人を略奪した女、殺される――。なんて安っぽいスポーツ新聞に書かれた記事がボンヤリ脳裏を掠めた。
ガタッと、翔平が立ち上がるのが視界の隅で見える。
彼もまた、里穂ちゃんの殺気を感じたのかもしれない。
水を打ったような静けさの中、あたしが生唾を飲み込む音がやけに響いた。
……殺される、のかな。
運動をしてるわけじゃないのに息が上がる。
ゆっくり視線を下に向け、里穂ちゃんの手元を見れば凶器らしきものを確認は出来なかった。
となると、絞殺か。
首を絞められてって、どれくらい苦しいんだろう。
こんな時なのに、あたしはこっそり息を止めてみた。
10秒、20秒……と心の中でカウントしても26秒あたりで身体が酸素を求め始める。
息を止めるだけでこんなに苦しいのに、他人に無理矢理呼吸を妨げられたら……。
恐怖は最大限まで膨れ上がり、膝がガクガク震え出した。
里穂ちゃんはあたしの目の前に来ると、真っ赤な瞳でジッと見据える。
キュッと結んだ口元は、何かを決意したように見えた。
「ま、松本……もういい加減に……」
いつの間にかあたしのそばに駆け寄ってきた翔平が、里穂ちゃんを押さえつけようと彼女の肩を掴む。
でも、里穂ちゃんはそれを思いっきり跳ね除け、その手でそのままあたしの両肩をガッと掴んだ。
「小夜!」
翔平があたしの名前を呼ぶ声と、キャーッと絹を引き裂くような女性陣の悲鳴が響き渡る。
殺られる……!
固まったあたしは目を閉じるしかできなくて、顎を引いてギュッと目を瞑った、その刹那。
「…………っ!」
クロエの香水の甘い香りが鼻を掠めると同時に、柔らかい唇が自分のそれに触れる感触がした。