この夏こそは-1
薄着になると、心まで軽くなるせいだろうか、無性に恋がしたくなる。
抜けるような青空の下、あたしはまだ見ぬ彼氏と海でバシャバシャ水をかけあう姿を想像する。
そして、夜は手をつないで空に咲く大輪の花を二人で眺めながら熱いキスを交わし合い。
あー、もう、想像しただけで身体が疼く。
ひと夏のアバンチュールで構わないから、誰かあたしを夢の世界に連れてって――。
「ブッ!!」
顔面に冷たいものがあたって、あたしは現実に引き戻された。
床を見れば、あたしの顔面を直撃した緑色のダスターが落ちていた。
コーヒーの香りが微かに鼻を掠めたから、もしかしてこれはテーブルを拭き終えたあとの……。
こういうことをしてくるのは、アイツしかいない。
ダスターを拾い上げてそれをグシャリと握り締めたあたしは、それが飛んできた方角をキッと睨み付けた。
「ちょっと、駿河! 女の子の顔に緑ダスターぶん投げるなんて、ひどいじゃない!」
視線の向こうでは涼しい顔をしながら、ウォッシャーに汚れたコーヒーカップがぎっしり並んだラックをぶち込んでる駿河翔平(するがしょうへい)の姿があった。
あたしはそんな小憎たらしい駿河に向けてダスターを思いっきり投げつけてやるけど、片手でパシッとキャッチされてしまう。
「仕事中に下らねえ妄想の世界に行っちゃってたから、現実に連れ戻してやったんだよ」
「だからって、緑ダスターはないでしょ! テーブル拭く用のなんて……。せめて白ダスターにしてよ!」
白ダスターはドリンクを作る際に、ソーサーなんかにコーヒーが跳ねたりしたらそれを拭く、一番キレイな扱いを受けるダスターなのだ。
「白ダスターが汚れちまうだろ。変な妄想してねえで、客がこないならさっさと仮締めやっとけ、ブス」
ウォッシャーの扉を閉めてからスイッチを入れ、ガラスの扉の向こうでお湯が勢いよく出ているのを確認すると、駿河は冷たい視線をこちらに向けてから、フロアに飛び出して行った。