手放してしまったもの-4
「お前とこうやって二人で過ごしてさ、自分の気持ち、再確認できたよ」
耳元でそう呟いた彼の言葉がよく聞こえなくて、あたしは目を丸くして翔平を見上げた。
白み始めた空でオレンジ色に浮かび上がった部屋の中で、翔平はあの真剣なままの顔であたしを見下ろす。
さっきのおどけて笑う翔平と、本当に同一人物……?
キスをし過ぎて潤んだ唇が開きかけた瞬間、なぜかあたしはこの先の展開に、ゾクッと悪寒が走った。
きっと、彼の言葉を聞いてはいけない。
あたしの動物的カンってやつが、警鐘を鳴らした。
翔平の顔が真剣であればあるほど、その音が大きくなる。
どこかで彼の言葉を聞きたい自分がいるくせに。
二人して黙っていると、エアコンの駆動音、外で車がアスファルトの上を滑る音、電車が走る音が聞こえてくるだけの部屋で、あたしが生唾を飲み込む音がやけに響いた。
目の奥がチリリと痛み、なおも続けようとする翔平の唇の動きが、怖くて見れない。
やめて。それ以上言わないで。
頭の片隅にわざと置き去りにしていた記憶がじわりと浸食し始める。
おぼろ気に浮かび上がるシルエットは、一人の女の子の姿。
口の中がやけに酸っぱくなって、それが不快で奥歯をギリリと鳴らす。
歯を食い縛るあたしに気付かない彼は、
「小夜、俺はやっぱりお前が好き。だから、これからもずっと付き合っていこう」
と、残酷なほど優しい声であたしの髪にそっと口づけた。