手放してしまったもの-5
頬をくすぐるように、目から溢れた涙が伝い落ちていく。
生まれて初めて男の子に好きって言われた。しかも、好きな人から……。
でも、あたしは胸が張り裂けるほど苦しくなって、彼から目を背けてしまう。
だって、あたしには翔平の言葉を素直に喜んじゃいけない理由があるから。
シルエットがはっきり形となって、瞼の奥に甦ってくる。
――応援してくださいね。
里穂ちゃんの姿がはっきり浮かび上がると、罪悪感から目をギュッと瞑ってしまった。
ちっちゃくて、細くて、色白な、お人形みたいな可愛い娘。
彼女の大きな茶色い瞳は、いつもビー玉みたいにキラキラ輝いて、周りの人をノックアウト。
そんな彼女の視線の先には、いつも――今目の前にいる――翔平がいた。
応援するって決めたくせに、結局自分の気持ちを抑えられなかったあたしは、結局里穂ちゃんを裏切っていたのだ。
――“恋人ごっこ”をいいわけにして。
ハラハラ涙を静かに溢しているあたしの頬を、翔平が優しくなでる。
あたしを見つめるそのはにかんだ笑顔に、さらに胸がズクンと疼いた。
「小夜、返事を聞かせて」
きっと、彼はあたしのこの涙を嬉し涙だと思っているだろう。
初めてを捧げ、一つになりながら何度も好きと叫んで、彼を求めていたから。
もう、あのセックスは恋人ごっこの範疇を越えていた。
好きでたまらなくて、どうしようもなく欲しくなったから、あたし達は求め合った。
少なくともあの時は、恋人ごっこなんかじゃなくて恋人同士だった。
だからこそこの涙は嬉し涙なんかじゃなくて……。
ついて離れない、里穂ちゃんの笑顔。
翔平、なんでアンタはあたしなんかを好きになってしまったのよ。
一夏のアバンチュールとして、遊びで抱いてくれてたら、傷つくのはあたしだけで済んだのに。
真面目な気持ちをぶつけてくれた翔平の顔は少し不安気な顔に変わっていく。
ひたすらむせび泣くあたしにしびれを切らしたのか、それとも不安を取り除きたかったのか、翔平はあたしの肩をそっと掴んで、ゆっくり顔を近付けてきた。