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栗花晩景
【その他 官能小説】

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晩景-2

 休憩所に戻ると先ほどの娘たちがベンチから立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
練習でもしたように言葉が揃っていて可笑しかった。
「おじさまは、旅行ですか?」
おじさまと言われたのは初めてである。オジサンでは失礼と考えたのだろうか。
「うん。何となく一人旅」
「へえ……」
「君たちは?」
「三人旅。無理やり有給とって」
「関越飛ばしてスカッとするの」
「働いてるんだ」
「働いてますよ。どう見たっていい齢でしょう」
「いや若いよ。学生かと思った」
「いやだあ、無理がある」
「ほんとだよ」
「結婚、諦めてますから」
「そんな……」
「女ライダー三十路連合」
一人が言うと三人一緒に笑った。

「同じ会社?」
「ちがうんです。教習所で知り合ったの」
三台のバイクはどっしりとした重量感がある。メタルの部分が眩しく反射していた。
「よく知らないけど、ナナハン?」
「千CC」
「すごいね。男だって免許取るの大変らしいのに」
彼女たちは複雑な笑いで顔を見合わせた。
「そう言われるから必死で取ったの。みんな一発合格」
「言い方が悪かったかな」
「いえ、いいんです。女のほうが力が弱いのはたしかですから」
意地を張った様子はない。額の汗が生き生きと光っている。

「おじさまはこれからどこを回るんですか?」
三人はウエストバッグを取りつけ始めた。そろそろ出発のようだ。
「富岡に行こうと思ってるんだ」
「ああ、製糸場の」
「そう」
「近くを通りますよ。乗っていきませんか?」
私は笑って手を振り、
「みんなはどこまで?」
「一般道で軽井沢まで。碓井峠を越えるんです」
「それからアウトレットに寄って、ゴージャスに万平ホテル」
とても楽しそうだ。

 バイクに向かって歩き出した娘が振り向いた。
「富岡、バイクならすぐですよ」
先ほど誘ってくれた娘だ。
「歩いたら、だいぶあるかな」
一歩踏み出していた。
「そうですよ」
「怖くないかな。乗ったことないんだ」
前を行く二人が足を止めて、
「運転は任せてください」
私は笑わずに頷いた。

 遠雷を思わせるエンジンが響き、何人かの観光客が注目した。
娘はボックスからヘルメットを取り出した。
「熱くなってますけど、フルフェイスじゃないから我慢してください」
 バイクに跨った彼女たちの姿は凛凛しく、勇壮だった。

 旅行バッグはたすき掛けにして背中へ回した。
「足はステップにしっかり乗せてください」
 座ってみると娘の背中があまりにも近い。取っ手を握ってなるべく距離をとろうと上体を反らせてみたが、このまま走ったら振り落とされそうな不安を感じる。
「おじさま。あたしのおなかに腕を回してください。そうしないと振られちゃうから」
真剣な口調である。ためらいがちに彼女の体を抱えて両手を組む。汗と化粧品の香りがした。
「もっと抱きつくみたいに。一体になってないとバランスが崩れて危ないんです。気にしないで」
言われるままに柔らかい腹部を引きつけるように密着した。
「ごめんなさいね、汗びしょりで」
「こちらこそ……」

 彼女たちは確かめるように二、三度エンジンをふかし、頷いて合図を交わした。
 道路に飛び出して加速した瞬間、宙に浮いたと感じた。思わず娘の背に頬を押しつけた。さらにスピードが増し、風を起こし、風の中を突き抜けた。
 間もなくゆるいカーブがいくつか続き、私は娘と一体となって左右に傾いた。
「怖くないでしょう?」
娘がそう言ったように聞こえた。私は背中に頬で返事をした。本当は少し怖かった。
 体感する高速感は車の比ではない。景色に目を向ける余裕もなかった。
 長い登りの視界が開け、降りに差しかかって市街地が見えた。汗で湿ったシャツの匂いが眠りを誘うように胸に流れてきた。
 


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