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栗花晩景
【その他 官能小説】

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晩景-3

 高崎に二時すぎに着き、思案した。ホテルは駅の近くにあるがチェックインまでにまだ時間がある。バイクで送ってもらった分、早過ぎてしまった。だが猛暑の中を歩いたらきっとばてていたと思う。
 一休みしようと駅前の喫茶店を覗いたがほぼ満席で、また考えた。白衣観音に行ってみようかとも思ったが、時間がかかりすぎる。しかもこの暑さだ。中途半端だが、時間をつぶすしかない。

 喫煙場所を探して周辺を歩いた。近頃は灰皿を見つけるのも一苦労である。
 ロータリーの外れにようやく見つけた。探し当てた愛煙家を労うかのように古ぼけたベンチが置かれてあるが炎天下である。

 茶色に髪を染めた娘が座って煙草を喫っていた。化粧は濃いが額や頬の一部が剥げている。近くで見ると少女である。
 バッグをベンチに置いて煙草に火をつけると女のまつ毛が上を向いて見上げた。
「どうぞ……」
心持ち腰を上げたのは横に座ってもいいという意味らしい。

 バッグを女との境界にして腰を下ろした。ベンチは熱せられている。
「熱いでしょ」
「熱いな……」
「お尻、焼けちゃうね」
女のジーパンがところどころ破れているのはファッションなのだろうが、ブランド物のスニーカーは汚れすぎている。
 ふと、つんと酸味がかった臭いが鼻をついた。ほどなく女から漂ってくるのだとわかった。汗や脂が発酵したような臭気である。

「おじさん、観光?」
顔を見ると無理に作ったような笑みを投げかけてくる。
「観光っていえば、観光だな」
「変な言い方ね。……じゃあ、温泉とか行くんだ」
「うん。今日は高崎だけど」
女は口を尖らせて小刻みに頷いた。
「待ち合わせしてんのかしら?」
「いや、一人。一人旅」
女は押し黙り、辺りを見回した。近くにタクシー乗り場がある。客の流れはなく、運転手たちの中には冷房の利いた車内で居眠りをしている者もいる。

「お願いがあるんだけど……」
上目使いで私を見る。ちょっと迷ったような言い方である。
「今夜、一緒に泊まらせてくれない?」
「一緒に?」
「泊まるだけでいいの。お金はいらない。泊って、ハンバーガー買ってくれれば、サービスする」
「何、それ……」
私が彼女の胸の膨らみを目でなぞったのは、言葉に媚びた感じを受けたからだった。
「ここんとこお風呂に入ってないの」
「家出?」
「ちがう」
親から出て行けって言われて友達の家に世話になっているのだが、時々は帰っているという。
「そしたらこの前見つかっちゃって。しばらく行けないし、友達は田舎に行ってて八月になんないと帰って来ないし」
「何で出て行けって言われたの?」
「いろいろあんのよ、家庭には」
「謝って帰ればいいんじゃないの?」
「そう簡単にはいかないからね、うちの親」

 説教じみたことを言いながら、私は自分の鼓動が高まってきているのを感じていた。今度は私が辺りを窺った。
「齢はいくつ?」
「二十歳」
疑わしかったがそれ以上訊かなかった。

 煙草を喫いながらあれこれと頭を働かせる。さもしい欲望が蠢く。警戒の扉をそっと開けて改めて女の風体を観察した。
 薄汚れた身なり、汗まみれの異臭漂う体からすれば魂胆があるとは思えない。気になるのは年齢だ。未成年への淫行……。しかし、本人は二十歳と言っている。泊めてくれればいいと言う。それならいいではないか。……

 私はぞんざいに言った。
「金、ないのか?」
女はこっくりと頷いた。
「俺もいくらもないぞ」
「だから、いらないよ。泊まれればいいの」
どうやら本当のことを言っている。
(若い女だ……)
まぎれもなく、若い。
「風呂入ってないって、本当らしいな」
「やっぱり臭う?」
「けっこう臭う」
「いやーん。髪洗いたい。ねえ泊めて」
「駅のトイレで洗ったら?」
「ひどーい。大人の言うことかしら」
ちょっとふくれてみせた。


 別の部屋を予約させようと思った。同室では面倒なことになるかもしれない。ホテルの電話を教えて女にかけさせた。
「シングルとれた……」
女は小声で言って、なぜか目を大きく見開いた。
 私は自分の顔が強張ったのを感じた。若い女を抱くことに対する掴みどころのない不安と期待、そしてかすかな怯えが心で混沌としていた。

 予約する時に女は、田中と言ったが、おそらく咄嗟の偽名であろう。
「名前は?」
「メグ……」
「分かった……」
それ以上訊かなかった。知る必要もない。

 私は『大人』の顔をして駅ビルに連れていった。着替えを買うためだ。金を渡して離れたところで見ていると真剣な顔で品選びをして、買った物は安いものばかりである。その足でハンバーガー二つとポテトを手にすると満面の笑顔であった。

 ホテルに着く前に料金を渡して言い含めた。先にチェックインしてキーを受け取ったらロビーで待つように指示した。
「どう見たって連れじゃおかしいだろう?」
「わかった」
メグは心得ているという風に頷いて指でOKのサインを作ってみせた。

(どうするか……)
自分の部屋に入って迷いが生じていた。
(初めてだ……)
相手が売春婦なら割り切りようがあるが、理性というより臆する心理がためらいを生んでいる。彼女には一時間後に部屋に行くと言ってある。
(話をするだけでもいい……)
ふだん口を利く機会もない若い娘と二人で話をする。デート代と思えば安いものだ。とりあえずそこに落ち着きを求めた。
 


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