恋人ごっこ-9
「あっ、あのっ!!」
突然声を上げたあたしに、駿河はゆっくり目を開けこちらを見た。
「優しいなあ、駿河は。あたしが火をつけるのを危ないからって代わりにやってくれようとしてたんでしょ?」
重ねられた手をソッと振りほどいて、地面に置かれていた100円ライターを拾い上げると、手持ち花火を一緒にして駿河に渡した。
あたし、何流されかけてたの……?
里穂ちゃんの笑顔を思い出したあたしは、雑念を振り払うように頭をフルフルと小さく振って自分に喝を入れた。
駿河だって、キスしようとしたわけじゃない。あたしの代わりに花火に火をつけてくれようとしただけ、うん、そうだ。
何度もそれを頭に叩きこむと、あたしは駿河にニッと笑いかけた。
「あたし、ライターで花火に火を点けるの苦手なんだよねえ。助かった助かった」
「……そうか」
駿河は、あっという間に花火に火を点けると、
「ホラ」
と、笑ってあたしにそれをくれた。
途端に胸がグッと締め付けられた。
あたしに笑いかけてくれたその笑顔が、とても悲しそうに見えたから。
渡された花火から、モクモクと煙が湧き上がってきて、あたしの瞳に染みて涙が滲む。
「うわあ、煙が目に染みるう」
あたしは笑いながら目を擦ってごまかすことしかできなかった。
今度は花火が途中で消えないように、あたしと駿河は次々と持ちかえては新しい花火に火を点けて行った。
気付けばさっきの気まずい空気も、煙と一緒に空に昇っていったような気がした。
でも、胸の痛みだけはさっきから燻ったまま。
ようやく笑顔にぎこちなさが無くなってきた駿河をチラリと見ながら、あたしは吉川くんの言葉を思い出した。
――吉川くん、あたし鈍いわけじゃないんだよ。
駿河がもしかしたらあたしのこと……なんて思うことはしょっちゅうあったよ。
でも、今まで女の子として好かれたことのないあたしには、どうしてもそんな都合のいい展開を信じられなかった。
からかってるんじゃないかとか、罰ゲームか何かじゃないかとか、ずっとそう思ってたからあたしは意識しないようにしてきたし、里穂ちゃんのことも応援しようって決めた。
でも、そんな自信のなさが、こんなに後悔することになるなんて。
もっと自分に素直になってればよかった。里穂ちゃんにも自分の気持ちを打ち明けてればよかった。
あたしは静かに涙を流しながら、今日は風のない日で良かった、と思った。
――花火の煙が、泣いてる顔を隠してくれたから。