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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風花-2

「縁なのね。心にずっとあなたがいたんだわ……気がつかなかったの。ごめんなさい……」
 私は何と言っていいか、ただ困惑に包まれ、現実を見つめようと模索していた。
 恵子とは何年も会っていない。それが再会してわずか半年で結婚の話になった。
(あの三原恵子と……)
そして彼女には私の子供が宿っている。……
 事実に追いつけない。いや、事実は背中にのしかかっている。私と三原恵子は……。

「あたしじゃ、だめ?」
あくまでも表情はやわらかく、穏やかな眼差しが私に注がれる。
「俺で、いいのか?」
「うん……」
瞳に涙が滲み、ひと筋流れた。


「紹介したい人がいる……」
翌日には両親に伝え、同時に就職先のことも付け加えた。その会社の娘、紹介。それだけで結婚相手だということはわかっただろう。

 初めて親に引き合わせ、自己紹介のあと、誰よりも先に口を開いたのは恵子である。
「私たち、結婚します。よろしくお願いします」
いきなり本題に入ってくるとは予想もしなかったにちがいない。
「お付き合いしてますっていう話だと思ってたわ」
あとで母親が言ったものだ。
 話を切り出すつもりでいた私も不意をつかれて少し慌てた。
さらに、
「ご報告があります。申し訳ありません。私のおなかには彼の赤ちゃんがいます。ふしだらと思われるかもしれませんが、私たち、愛し合っています。結婚を認めてください」
堂々と言ってのけた。
 両親は半分口を開けたまま、頭を下げる恵子をじっと見つめるばかりであった。

 恵子を送って家に戻ると、
「しっかりした娘さんだ。お前とバランスがとれていいわ」
笑いをこらえながら母は言い、細かな詮索はしなかった。
 煩わしい思いをせずに済んだのは恵子のおかげである。妊娠の衝撃を相殺するほどの彼女の存在感であった。
 先方の親と会った時も言いにくいことは恵子がほとんど代弁してくれた。私はただ結婚の意思を伝えるだけでよかった。娘を妊娠させた……。そんな非難めいた対応もなく、厭な思いをせずに快く迎えられたのは事前に彼女がうまく収めてくれていたのだと思う。

 式の日取りは慌ただしく決められた。体の安定期を考慮して、しかもおなかが目立たない時期にと彼女側が決めたものである。
「まあ、あちらに任せよう」
父の言葉に母も頷き、順序を違えた妊娠は、当時男の責任としてやや引け目ではあった。

 一流ホテルでの豪華な披露宴。内容については恵子の側が一切を取り仕切ったものである。娘の晴れ舞台を飾りたい親心。私は雰囲気に圧倒されっぱなしであった。招待者の多くは彼女の親族、仕事関係で、私は負い目の中で緊張しながら、それでも彼女の美しさに改めて胸をときめかせていた。

 本当に美しかったのだ。ウエディングドレスに身を包んだ恵子を入口に迎えた時、その輝かしさに息を呑み、膝が震えた。はにかむ微笑み、初々しい目元の紅色の化粧が幸せに満ちていた。結婚する……自分のものになることが信じられなかった。

 入場した際の会場の感嘆の溜息がどよめきのように聴こえたものである。
「白雪姫みたい……」
誰かの声が聞こえた。
 時々私を見上げる彼女の色香と愛らしさ。流されるように迎えた結婚であったが恵子の匂い立つ美しさに私は酔いしれるばかりであった。

 恵子は末娘である。兄が二人いて、父親の会社で働いている。家が裕福で末っ子。しかも女の子となれば親も甘くなる。多少わがままに育ったことはやむを得ない環境だろう。大学時代の印象はまさにその部分が表われたのかもしれない。
 
 新居は会社保有のマンションを格安で借りることになった。光熱費程度の家賃である。結婚関連の費用もほとんど三原家で出したのである。ぜひ折半でという私の両親に向かって彼女の父親は頭を下げ、
「やりたい放題させていただきありがとうございました。最後の親ばかをさせてください」
了承の返事をするまで頭を上げなかった。
 世話になりすぎることが気になった。
「いいじゃない。割り切るのよ。してもらったって思わないでいいのよ。住宅手当だと思って、払ったつもりで積立したらいいわ」
後年、その言葉がきちんと実行されていたことを知る。

 体調に配慮して新婚旅行はいずれ改めて計画することになった。その夜泊まったスゥイートルームは一泊私の給料でも足りない特別室であった。両親からのプレゼントだという。
「きつくしないでね……」
上ずって声で甘える恵子をそっと抱きしめた。


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