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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風花-1

 三原恵子から電話があったのはそんな日々のある日である。
「どうしてるかなって思って……」
ろくに返事もしなかったのは意図がわからなかったからだ。彼女が電話をしてきたことはこれまで一度もない。
(どういうことだ?……)

 恵子は私の近況を尋ねては、ふんふんと相槌を交えて、聞き取り調査のようなさして関心のなさそうな質問を続けた。中学の同級生と最近会ったか、とか、大学の友達とはまだ付き合いはあるのか、とか。……

「磯崎くん、結婚は?」
唐突に言った。
「結婚?誰と」
「誰っていうことはないけど、してもおかしくない年齢でしょ?」
「仕事もしてないのにそれどころじゃないよ」
「予定もない?」
「ないよ」
 少ししつこいと思いながらつっけんどんに答えたが、内心恵子の電話は嬉しかった。懐かしかったこともある。大学の頃は彼女のイメージが崩れて、時に嫌悪したこともあったが、花恥ずかしい乙女としての恵子はまだ心の奥に在った。それに一人で長く過ごしていたせいもあっただろう。
(人恋しさというのか……)
 だから恵子が久しぶりに会わないかと言った時にはふたつ返事で応じた。久しぶり、といっても二人で会うのは初めてのことである。言い知れぬ昂奮が芽生えた。そして信じられないことに、その日私と恵子は結ばれたのである。

 思うに、恵子は初めからそのつもりだったのだ。訊いたわけではないが、そうとしか思えない。
 待ち合わせた駅の改札口で、彼女は私に寄り添ってくるといきなり腕を組んできた。
「初めてのデートね」
私に寄り添い、甘えるように頭をかしげて、
「あたしにラブレターくれたの、あなただけよ。ずっと心にあったのよ」
返事に窮している私に恵子の妖しい目の輝きが眩しく見上げた。足元がおぼつかなくなるほど強烈な色香を感じた。

(なぜ、恵子は……)
脳裏をかすめたものの、憶測を巡らせる気持ちの余裕はなかった。胸の谷間が見えるシャツ。食事をしている時も『ソノコト』が頭を離れない。思い出話も上の空で、ただ、弥生の顔が流星のような瞬きをみせて現われたが、その面影は一瞬で消えた。
眼前には恵子の濡れた唇が微笑んでいた。

 外へ出て、腕を組んで歩きながら、
「どこへ行く?」と訊くと、恵子は俯いて、
「どこでもいい……」
消え入るような声で言った。
 腕を解き、肩を抱いた。
「どこでもいいの?」
「うん……」
灯りの届かない木の陰で唇を合わせた。
「う……」
恵子の体から力が抜けていくのが分かった。

 ホテルの部屋に入るなり、貪るように彼女を抱いた。唇を押しつけたままベッドに倒れ込んだ。服の上から乳房を揉みあげ、スカートに手を差し込み、下着を引き下げた。
「待って、シャワー……」
切れ切れに言うものの抗うのでもなく、むしろ応じて私を掻き抱く。
(恵子……)
密着した彼女の肉体の実感が昂奮を煽り、私は感動のあまり声を上げながら貫いた。

 のけ反る細い首。広げた両腕。シーツを掴んで昂奮を漲らせた拳。それらひとつひとつが一体となった反応であった。
(恵子!)
放出しながら何度も突き刺した。

 嵐のようなひとときの後、恵子の瞳は恍惚として潤み、自ら求めた口づけの熱い舌は陰部のうごめきのように絡みついてきた。
 湯船で見つめ合っては何度もキスをした。言葉はない。互いに複雑な想いがあったからだろうか。キスをしては、体を預けることで過去を消し去ろうとでもするように股間を押しつけ合い、ふたたび交合した。

 その日から私は恵子の渦の中にいたといっていい。片時も彼女のことが頭を離れない。
(虜になった……)
自分でそう思った。
 なぜか……。久しぶりの女体の魅惑に取りつかれただけではない。学生時代の高慢さが微塵もなかったからだ。言動は相変わらずテキパキしている。だが、棘はなく、そよ風のように優しい。従順で温かい。私の胸ははち切れんばかりに膨らんでいた。
(これが本当の恵子なのだ)
あの頃は突っ張っていただけなのだ。
 憧れていた少女の姿が重なって自分が征服している満足感に歓喜していた。

 半年ほど経った頃、恵子が就職の話を持ってきた。父親の経営する不動産会社だという。
「父に話したら、不動産関係の経験もあるし、ぜひ来てくれないかって」
「経験なんて、半年いただけだから」
「半年だっていろいろ覚えるわ。最近忙しいらしいの。助けてあげて」
「助けるって……」
「切りがいいから来月の一日からどう?」
即戦力にならないのは明らかなのに恵子はもう決めたように迫ってくる。

「でもな……」
生返事をしていると恵子が顔を近づけてきた。
「ね……妊娠した……」
「!……」
「まちがいないの……」
何度か避妊しなかった。昂奮したこともあったし、彼女が大丈夫と言ったこともある。
「結婚しましょう。……ね。仕事が決まれば親にも言えるわ」
恵子の言葉を聞きながら、得体の知れない何かが耳元で言語をまくし立てている気がした。 


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