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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風化(2)-5

「なんだ大野」
古川が大野に詰め寄った時、私も足を踏み出していた。そして力任せに顔を殴りつけた。
「うう……」
よろけたところを胸倉を掴んで締め上げた。
「モデルルームに連れていこう」
「なんだお前ら!」
古川は凄んだが、
「うるせえ!」
大野が一喝した。ふだんの彼からは想像できない荒々しい口調であった。

 大野は腕をうしろにねじ上げ、振りほどこうとする古川の横腹に拳を当てた。
「来るんだ」
 モデルルームのリビングに古川を突き飛ばし、カーテンを閉めた。

「ひどいことをしたな。許せねえ」
私は怒りに震えていた。
「そんなに怒ることかよ。誰でもあるだろう」
「誰でもやることじゃない。強姦だ」
「田崎は同期の仲間だ。仲間がこんなことをされたんじゃ黙ってるわけにはいかないからな」
大野の声も上ずっている。

 私たちの剣幕に古川はいつの間にか正座になって弱気な目になった。頬が腫れてきていた。
「悪かった。謝るよ」
言い終わらないうちに大野が左頬を殴りつけ、続いて私が右頬を打った。血が飛び散って口から鮮血が流れた。
「俺たちに謝ったって意味がない!」
「このやろう!」
大野が胸を蹴り上げ、古川が呻きながらうずくまった。大野の目は殺気立っていた。
「もういいだろう」
これ以上は危険だと思い、大野の腕を抑えるとなおも足を出して肩に一撃を受けた古川は仰向けに倒れた。

 外へ出て顔と手を洗った。全身が汗びっしょりであった。何か所か手が切れて血が滲んでいた。
「頭にきたな。まだ足りないくらいだ」
大野の昂奮はまだおさまっていない。
「田崎、可愛そうだな。ちくしょう……」
「そうだな。……かわいそうに……」
 何の疑いも抱かずに騙されて蹂躙された和子の心中はいかばかりか。暴力をふるわれて獣の欲望に傷つけられた気持ちは察するに余りある。
 この日、和子は欠勤していた。会社には風邪をひいたと連絡があったようで気にも留めなかったのだが、理由はこれだったのだ。いまどんな想いでいるのだろう。

「あのやろう。どうするかな」
大野がモデルルームを振りかえった。
「どうするって?」
「課長に言いつけるかな」
「しないだろう。自分のしたことを考えたら出来ないよ。もし言ったってかまわないさ。逆にぜんぶぶちまけてやるし、またぶっ飛ばしてやる」
「そうだな。会社なんか辞めてもいいし」
「ああ。……それより、田崎はどうするだろう」
私の言葉に大野の表情は沈んだ。

「こんなことがあったら会社に来られないよな。あの野郎がいるんじゃよけい……」
大野は少し間を置いて、
「もし田崎が辞めることになったら、あいつをもう一回ぶん殴って俺も辞める」
大野の唇は青ざめている。いまにも泣き出しそうな形相は迫るものがあった。
「お前、田崎のこと、好きなのか?」
大野は強張った顔をかすかに緩ませた。素直に頷いた。
「飾り気がなくて、純粋な感じで、いいよな……」
「お前が辞める時は俺も付き合うよ」
怒りがふたたび巻き起こり、和子の涙の顔を想像したが浮かんでこなかった。

 翌日、古川は欠勤した。昨日は現場から直帰だったので、課長は私たちに古川とどこで別れたのかを訊いた。
「帰りにヤクザ風の男に絡まれて殴られたらしいんだ」
私たちは現場で別れたので何も知らないと口を揃えた。内心笑い出したいのをこらえながら……。
 田崎も休んでいた。気がかりだったが何をすることもできない。事情を知ってしまった辛さが私たちにはあった。それはとても重いものである。大野が日に何度も和子の席を見つめていた。


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