投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

栗花晩景
【その他 官能小説】

栗花晩景の最初へ 栗花晩景 55 栗花晩景 57 栗花晩景の最後へ

春雷(1)-5

 週が明けて学校へ行くと晴香の姿が見えなかった。彼女の授業はわかっているので教室を確認してみたが欠席していた。これまでなかったことである。すぐ家に電話してみると母親が出て、風邪気味で寝ているという。
(よかった……)
風邪くらいならたいしたことはない。彼女を案ずる気持ちよりも土曜日のドライブ旅行に間に合うかどうか、そのことが気がかりだったのだ。

 初めての一泊旅行。当日は筑波山の中腹にある旅館を予約してあった。ときめく夜を二人で過ごすのだ。大人の雰囲気を味わおうと奮発した。きっと晴香はびっくりするだろう。やりとりを想像するだけで昂奮を覚える。

 不安になってきたのは木曜日になってからだ。いつもロビーで朝の挨拶を交わすのが習慣になっていたのにこの日も姿が見えない。四日も休むのはよほどこじらせたものか。あと二日。日が迫っている。
(家に電話してみようか……)

 昼食を終え、学食で休んでいると今泉がやってきた。
「今日は彼女と一緒じゃないのか?」
「風邪で休んでるんだ」
「風邪?さっき見かけたぞ。校門のところで」
「!……うそだろう?」
「ほんとさ。急いでたみたいだったぞ」

 何が何だかわからないまま校門の外まで走って行った。それから喫茶店を何軒かのぞき、駅まで歩いた。
 学校に戻る途中で見知った女子学生に出会ったので訊いてみると昨日も来ていたという。
(どうなってるんだ……)
 混乱する頭に弥生が浮かんだ。
(ひょっとして……)
『アノコト』を晴香が知ったのではないか?
だが、弥生は経済学部で晴香と接触することはふだんはないはずだ。それに弥生がわざわざ話すだろうか……。
 しかし、晴香の行動は明らかに不可解である。昨日も登校していたとすれば、私を避けているとしか考えられない。
(だが、なぜ……)
二人の間に何のトラブルがあっただろう?なにしろ土曜日には一泊旅行の約束までしているのだ。……

(やはり弥生のことか……)
それしかない。
 弥生との会話を思い返してみる。つい先週のことなのに記憶が曖昧だ。
晴香と最近会っていないと言ったのは憶えている。たしかにそうではあったが、破局を仄めかすニュアンスを含めたことは狡猾だったと思う。だからそれを信じた弥生が、あたしと付き合う?と訊いてきたのだ。
(でも、はっきり返事をしてはいない……)
私は逃げ道を探していた。

 弥生を抱いたことは何があっても言うわけにはいかない。万一追及されたとしてもそのことだけは否定することだ。……

 悩んでいるうちに金曜日になり、もう時間がなくなった。
 その日、私は意を決して朝早く校門の前で晴香を待っていた。守衛が鉄門扉を開けた時、一時限の始まりまでまだ一時間以上あって学生は一人もいない。
 ここにいれば確実に会える。彼女がなぜ私を避けているのか、もはやじかに訊くしか方法はない。
 原因は『アノコト』……。振り払っても思い当たるのはそのことだが、できれば私の気付かない別の理由であって欲しいと祈る思いであった。

 昨夜、家に電話すると母親が出た。面識はなかったが晴香の交際相手であることは知っていて、いつも感じのいい応対をしてくれていた。
 晴香への取り次ぎを頼むと、
「ちょっと待っててね」
いつもと変わらぬやさしい物言いであった。
 待ったのは数分のことだろうが、ずいぶん長く感じた。やがて聞こえてきたのは母親の声である。明らかに話しぶりが違って、妙に口ごもり、
「すみませんね、おまたせして。さっきまでいたと思ったら、どこかへ出かけたみたいで、いないんですよ」
 居留守だと思った。母親の口調にも戸惑いが感じられた。

 はたして、授業開始のぎりぎりになって晴香は現れた。周りを見回しているのは私がいないか気にしているのだろうか。
 彼女が私をみとめたのはほんの数メートルの距離に迫ってからである。はっとして一度止まりかけ、諦めたように顔を伏せた。
 一歩踏み出した私を、晴香は歩みを速めて横目で一瞥した。笑いかけたつもりだが顔の強張りは自分でわかる。弾き返されるほどきつい顔に私は声も出なかった。通り過ぎる横顔の冷たさにぞっとしたものだ。
 彼女の後姿を茫然と目で追いながら、私は悪寒に似た震えを感じていた。
 


栗花晩景の最初へ 栗花晩景 55 栗花晩景 57 栗花晩景の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前