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栗花晩景
【その他 官能小説】

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春雷(1)-2

 晴香が結婚に関した話題を仄めかしたことはないが、微妙な変化は感じていた。概して意思表示が明瞭になったように思う。まだ日が高い時間でも、
「今日、送って」と言ったり、食事をごちそうしても、以前なら恐縮した素振りを見せていたのに、ゆったりと落ち着いた笑みを湛えるだけである。いうなれば謙虚さ、遠慮がなくなった。
 暮れに映画を観に行った時もそうである。それまでは希望を訊いても私に任せてくれたのだが、検討する間もなく、
「あたしこれが観たい」
即座に言ったものだ。

 この変わりようはどうしてなのか。定かではないが切っ掛けとして思い当たることがある。
 初めて結ばれてから何度目かの行為の時、愛撫の動きの中で受け身だった晴香が初めて自ら上になった。意識的にそうしたのである。火照った顔が私を見下ろした。
(晴香……)
彼女の唇が私の胸に触れた。自分がされたように乳首を舐め、頬ずりをして少しずつ下へ向かっていった。途中で止まったのはその先にすんなり進むことが出来なかったからだ。ペニスは晴香の乳房を突き上げている。私は無言のまま彼女の頭を軽く押し下げた。

「ああ……」
吐息のような声とともに目を閉じた晴香は幹をしっかり握り、ためらいを頬張った。
「うう……」
何の技巧もない。上下に動くこともなく、ただ咥えている。ときおり舌が微動するのは唾液を飲み込んでいるからのようだ。それがえもいわれぬ快感であった。

 晴香の変化はその日からだったように思う。私の体のすべてを知ったことで、女として、あたかも熟した果実のような重みが気持ちの中に生れ、私にのしかかってくる。そんな気がしていた。
 セックスによって私は晴香を自分のものと思うようになった。同様に彼女も私を『自分の男』として存在させているのかもしれない。その心のゆとりが私に我意をぶつけてくるのかもしれない。そう思えてならなかった。

 学年末試験が終わって二月になると授業も少なくなる。私は以前から考えていた自動車教習所へ通い始めた。
(晴香とドライブがしてみたい……)
彼女を乗せて風を切って走る。郊外のバイパスをひた走り、夕暮れに浮かび上がる西洋の城のようなホテルに乗り入れる。そして映画のシーンのように燃える体を寄せて部屋に入るのだ。二人でシャワーを浴び、抱き合い、時間を気にせず密室で奔放なセックスを思う存分楽しむ。
 どんなことをしかけようか。あれこれと晴香の痴態を想像する。
 車の免許は就職に不可欠だと親を説得して費用を出してもらいながら私が思い描いていたのは彼女との刺激的な情事の場面ばかりであった。

 春休みが近くなって教習所が込み合う時期である。やむを得ず学校を休むことが多くなり晴香と会う時間も減ることになった。その代りドライブの楽しみがもどかしい時間をうきうきと埋めることになる。

「どこに連れてってもらおうかな」
控え目な言い方をしながら、その目にはすでに候補を決めている意思がありありと見えた。
「あまり遠くは行けないわよね。日帰りじゃ」
「一泊じゃだめかな?」
「一泊?」
晴香と目が合い、心なしか頬に赤みがさした。
「春休みなら時間とれるだろう?」
「でも、それって……」
澱んだ口ぶりでありながら視線は嬉しそうにさまよっていた。

 免許を取得したのは三月半ば。嬉しくてすぐにでも晴香に伝えたいところだったが、私はしばらく黙っていることにした。まだ運転に自信がなかったのである。颯爽とまではいかなくても晴香と話しながら走らせる余裕が欲しかった。何度か父親に同乗してもらって、何とかぎこちなさがなくなったのは四月になってからである。
 さっそく晴香に電話すると、
「あたし、もう行くところ決めてあるの」
はしゃいで言ったものだが、私も行き先を決めてあって、この時は譲らなかった。これまでの話の端々からどうも箱根方面のように感じていたからである。慣れてきたといってもまだ交通量の多い都心を抜けて行くのは不安があった。
「筑波山に景色のいい所があるんだ」
「筑波山?」
「道もいいし、快適だよ」
過去に親とも行ったことがあるし、中学の遠足でもバスで通った記憶がある。それだけでも安心感がある。
 晴香は特に反対はしなかった。
「親の車だから都合を確かめてからまた電話する」
一度一人で走ってみようと思っていた。食事をする場所やホテルの確認など一通り下見をしておけば万全である。淫らな妄想は次々と広がっていった。
 

 


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