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栗花晩景
【その他 官能小説】

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春雷(1)-1

 年が明けて学期始め早々ということもあって学食は空いていた。
今泉と食事をするのは久しぶりのことだ。晴香はゼミの課外授業で文学碑を巡るとかで一日いない。
 今泉は食後のコーヒーに口もつけず煙草ばかり喫っていた。定食も半分ほど残していたので具合でも悪いのかと思いながらあえて何も訊かずにいた。
 しばらくして溜息をつき、ようやく口を開いて、
「しかし、女って……」
言いかけて、また煙草を喫った。
 何かあった様子だがやはりそのままにしていた。何人かの同級生が声をかけて通り過ぎていった。

「喫茶店に行こうか」
誘ったのは私である。話のきっかけがなかった。今泉は返事をしなかったが私は先に立ち上がった。
 学生の溜まり場になっている店を避けて少し足を伸ばした。見知った人目のない静かな場所がいいと思ったからだ。
 ややあって、彼は重い口を開いた。

「あいつには参ったよ……」
「三原か?」
今泉は目で答えて、
「あいつ、長野まで来たんだぜ」
「佐久までか?」
「正月の二日だぜ。驚いたよ」

 一月二日の昼過ぎに電話があって、駅にいるという。初めに母親が出たものだから騒ぎになってしまった。折しも親戚が集まって宴会の真っ最中だった。今泉に取り次いだ母親が、東京から彼女が来たと酒の回った面々に言ったことが、すぐに嫁が来たと話が飛躍してしまった。
 とりあえず駅まで行かなければならない。
「それからどうしようかと思ってさ。二人でどこかへ泊まるわけにもいかないし……」
「ずいぶん行動力があるな」
「そういう問題じゃないよ。連絡もなしにいきなりなんて非常識だよ。親戚連中は面白がってるし……」
 宴たけなわである。みんな酔っ払っていて、中には迎えに行ってやると言いだす従兄弟まで出てきた。とにかくタクシーを呼んで駆け付けた。

 恵子の格好ときたら、ファッション雑誌からそのまま出てきたような華美なものであった。皮のミニスカートに真っ赤なコート。イアリングは音を立てそうなくらい細かな細工で大きかった。
「東京で歩くぶんにはいいけど、いくらなんでも派手すぎる」
だからという理由だけでなく、家に連れて行く気にはなれなかった。
「そこまでの付き合いじゃない……」
それで事情を話して清里辺りに泊まったらどうかと勧めた。明日自分もそこへ行くからそれまで待っていてくれと説得した。

 丁寧に言ったつもりだったが恵子は疎外感を抱いたようだった。
「迷惑だったようね……」
眉間には明らかな怒りが表れ、背を向けた背中にも強張りが感じられた。
 二日後には友人たちとの新年会もあり、田舎の正月は付き合いが多いのだと宥めながら根気よく説明した。
「突然来たあたしが悪かったわ」
恵子はそう言ったが、納得した口調ではなかった。そして切符を買うと何も言わずに改札を抜けていった。

「追いかけなかったのか?」
「行こうとしたよ。入場券買おうとしたら、来ないでって……」
きっぱり言ったそうだ。
「大きい声でさ。駅員が何事かと顔を出したよ。みっともない……」
 上り下りとも三十分以上の時間があって、その間、恵子は階段の下で顔を隠すようにしてずっと佇んでいた。
「帰るに帰れなくて列車が出るまでいたけど、雪は降ってくるし、参ったよ」
 雪の舞う人気のないホームで恵子はどんな想いでいたのだろう。駅の様子を知っているだけになおさら情景が浮かんでくる。

「しかし、それだけ想われたら男冥利に尽きるな」
私はちょっと茶化して言った。今泉は笑いもせず、背もたれに体を倒して口を歪めた。
「冗談じゃない……。最近、煩わしいんだ。あいつ、結婚の話をするんだ」
「結婚、してくれって?」
「そうは言わないよ。でも、女は男より結婚問題が人生に大きく関わってくるとか、二十五歳が適齢期かしらとか、そういう話題が多いんだ。厭になる」
 私が結婚を意識したことはない。学生の身であるということだけでなく、想定すらしたことはない。しかし社会的な通念からすれば女の意識が早いのは頷けることではある。
 その日から恵子とは会っていないし、連絡もとっていないという。
「今は会いたくもない……」
「別れるのか?」
今泉はそれには答えず、
「なんだか、このまま付き合うのが怖いというか、責任を取らされそうでいやなんだ。この齢で縛られちゃたまらないからな」
自分に言い聞かせるように言った。


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