投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

栗花晩景
【その他 官能小説】

栗花晩景の最初へ 栗花晩景 41 栗花晩景 43 栗花晩景の最後へ

雨模様(2)-9

 爛漫の桜が春風にひらひらと舞う光景に、誰しも心を躍らせる。凍えた冬を抜け出して明るい季節の風情にきらめく想いを馳せていく。
 私は小さな花弁を見つめながら枯れ葉を思っていた。まるで正反対の季節の風が心を吹き抜けていた。

 新入生を迎えた大学構内は活気に満ち、笑顔の学生が行き来している。希望を眼差しに表した顔。青春を走り始めた若い健康美。サークルの勧誘もそこここで行われてときめきの学生生活が始まっていた。
 私は一人、ロビーで覚えたての煙草を喫いながらそんな『彼ら』を眺めていた。煙は胸に痛みの感覚を与え、ときおり目に沁みた。
 心を被い、なおかつずしりと重く埋め尽くすものが心を圧し続けている。それは形がないにもかかわらず、生き物のように蠢き、私を苛んでいる。


 美紗と会ったのは三月末の日曜日。春休みなのでいつでも都合はついたのだが、その日でなければならなかったのである。両親が出かけて自宅が留守になる滅多にない機会だった。
 家に誘う。そして、
(美紗を自分のものにする……)
その決意は性欲のはけ口ではないと私は考えていた。愛情の証し、愛し合う男女の気持ちの具現であると自らに言い聞かせていた。言い聞かせるという不自然さがそもそも迷いを表していたのだが、これからの二人の距離を考えた時、どうしても強固な結びつきが欲しかったのである。美紗も応えてくれると信じていた。

 ホテルに誘い込む自信はなかった。未知の場所なので不安が先立ってしまう。家に連れてくることを考えた。
 その日、私たちは近代美術館を訪れた。折から開かれていたヨーロッパ絵画展の最終日で、早くからチケットを買っておいたものだ。美紗は飛び上がって喜んだ。
「行きたかったの!」
胸にはあのペンダントが揺れていた。

 最終日とあって入場制限されるほどの人出であった。行列は蛇行して続き、進んでは止まり、しばらく動かない。しかし退屈することはなかった。話は山ほどあったし、私の頭の中は今日これからのことでいくらでも考えることがあった。
 風も暖かく穏やかな陽光は春の装いの美紗を包んでいた。紺のジャケットと同系色のスカートは一見スーツに見える。白いブラウスの胸がいくぶん大きく感じられたのは昂揚する私の心理的なものだったのかもしれない。

 美術館を出て喫茶店でひとしきりため込んだ話をすると、計画の第一段階に移った。
「戻ろうか」
ジーパンの専門店は自宅近くの駅前にある。
「帰るの?」
「ちがう。行きたいところがあるんだ。付き合って」
「うん」
美紗は嬉しそうだ。
 さほど大きくはない店だが、専門店だけに品揃えは豊富でデパートよりもたくさんの種類がある。そこで彼女のジーパンを買おうと考えていたのである。
(きっと似合うだろう。細い脚はとてもキュートだ。そして自分も同じ色を買って二人で歩く……)
 アルバイトの金が三万円もある。もっと美紗を飾ることもできる。胸が膨らんで踊った。

 店の前で立ち止まって振り向くと、美紗の驚いた顔があった。それはもちろん私の意図を察してのことだ。
「ここって、もしかして……」
「プレゼントしたいんだ」
「憶えててくれたの。でも、困る……」
アメリカ製のメーカー品はペンダントよりはるかに値は張る。そのことを気にしているのだ。
「ぼくも同じ色を買おうと思ってるんだ。お揃いにしよう」
「ありがとう……」
喜びというより緊張で引きしまった面持ちであった。私と同様、二人で歩く姿を思い描いたのだろうか。

 試着室の揺れるカーテンから顔が覗き、手まねきする美紗。
「どうかしら」
「いいよ。かっこいい」
脱いだスカートが掛けられてある。その狭い空間はいましがた彼女が着替えたところである。それだけで昂奮が振動し始める。
 足踏みするように美紗は一回り回って見せた。
「ぴったりだわ」
小柄でも腰回りは女の子らしい曲線を持っている。
(その体を私に見せている……)
何でもない所作が私の感情を飛躍させていく。もう恋人になってもいい関係なのだ。……

 


栗花晩景の最初へ 栗花晩景 41 栗花晩景 43 栗花晩景の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前