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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-7

 三学期になって通常の授業が始まっても集中して聴く者はいなかった。それは教師も同じで、出欠をとらないこともあったし、雑談や自習になることも多くなった。欠席も目立って増え、それは主に受験生で、学校公認であったが、中には便乗して遊びにいったりアルバイトをしている者もいたようだ。欠席には届けが要るのだが、どの教師も特に詮索はせず、大目に見ていた。西田も始業式に顔を見せただけで一月半ばまで登校してこなかった。

 私はそれまでと変わらず通学していた。卒業式は三月初めである。毎朝美紗の顔を見ることもあとわずかで出来なくなる。そう思うと急き立てられるようにそわそわと落ち着かなくなり、一日の重みと速さを感じるのだった。

 感傷に捉われる日も多くなった。これまで無為な時間だと忘れ去ってきた日々の出来事が眠りから覚めたように私に手を振ってくる。
 何人もの顔が浮かぶ。古賀、小暮、中本、石山、そして細谷。なぜか脳裏に現れる彼らはみんな笑っていた。ミチやクミまで微笑むこともあった。

 ある日、駅前の本屋で偶然古賀と出会った。学校では口を利くこともなくなっていたので気まずさが走ったが、彼の方から近寄ってきた。
「いま帰り?」
古賀は少し手を挙げてぎこちない笑いを投げかけてきた。痩せたように見える。私は意味もなく手近な本を手に取って頷いた。
「何か、買うの?」
「いや、寒かったから入っただけ」
私たちは店内を歩きながら本の背表紙を見るともなく眺めた。
 古賀はA大に推薦が決まったと語った。
「よかったな」
「ほっとしたよ。出席日数ぎりぎりだったからな」
あのいやな出来事を絡めて自ら話をしたのは、よほど嬉しかったのだろう。
 私がN大だというと、
「すごいな。あそこの枠は二人しかないんだ。いろいろ頑張ってたからな」
素直な物言いにほっとして、
「大学、がんばろうな」
私も自然と言葉が出た。
 しばらくして、
「お前、彼女いるんだよな」
視線は本棚に向けたまま古賀は言った。
「可愛い子だよな」
「知ってるのか?」
「しょっちゅう歩いてるじゃないか。わかるよ」
「ああ……」
私は中途半端に応えたまま黙った。
 古賀が出口に向かい、私も後についた。
「俺も大学で彼女つくるかな。出来るかな……」
「できるよ……」
扉を開けると春とは名ばかりの冷たい風に私たちは包まれた。

 同伴喫茶を探して一時間以上も歩き回ったと話すと、西田は腹を抱えて笑った。
「駅の真ん前にあるわけねえだろう。ましてオノボリの来る駅でよ」
「そんなの知らないからな」
西田があまり笑うので不機嫌に顔を背けた。西田は謝りながら、
「それで何もできなかったってわけか」
ようやく笑いを納めていつもの訳知り顔に戻った。

「同伴は水商売が集まってる所にだいたいあるんだ。上野だったら湯島寄りの方だな。反対に行っちゃったもんな」
いわゆる歓楽街ということだが、そういえば池袋で見かけたのもそんな区域だった。しかし、けばけばしい雰囲気のその一帯はとても美紗を連れてあるくところではない。派手なネオンが立ち並び、昼間でも太ももまで切れ目の入った服の女が歩いているのだ。そんな場所を彼女と歩く。とてもできないと思った。
「まあ、早いとこものにしておいた方がいいぜ。卒業したら今みたいに会えねえんだしな。誰かに取られるぜ」
 西田の言ったことは少し前から気になっていたことである。顔の分からない誰かが美紗に声をかけて私から遠ざかっていく夢をみたこともある。焦燥感が彼女への想いに薄墨のような不安を滲ませていた。


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