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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-6

 美紗が望んだのでまず美術館へ行くことにした。絵を描くのも観るのも好きで、デザインの専門学校へ行きたいと将来の夢を語った。
「イラストレーターもいいし、ファッションもやってみたい」
彼女の背景にどこまでも突き抜ける青空を思い描いてしまうのは美紗への溢れる恋心に他ならない。

 入口でチケットを求めながら、いつか古賀と女を待っていた場所であることを思い出し、その偶然が気にかかった。清純な美紗と重ねたくないのに、いまだに残る体験の記憶が忌まわしくあった。

 館内に入ると、美紗は、
「ちょっと……」
順路とは逆の休憩場所に向かって行った。
「これ、編んでみたの。クリスマスプレゼント」
紙袋に入っていたのは毛糸のマフラーであった。紺と白の配列で、首にかけると左右が膝のあたりまで垂れる長いものである。
「うわ、すごいな」
「紺と白は磯崎さんのイメージなの」
「どんな?」
「イメージだから言わない」
美紗は肩をすぼめて笑った。
「それと、背が高いから長くした」
編み物のことは分からないが、よく見ると粗い部分がある。
「あんまり見ないで。下手だから」
「上手だよ。どのくらいかかったの?」
「二週間くらい」
一心に編んでくれたのだろう。首に巻きつけると、美紗は一歩後ずさって目を細めて私を見つめた。その瞬間の目元が妙に艶めかしかった。

 一回りして外へ出る。寒風が吹きぬけていった。
「ちょうどよかった」
マフラーを指さすと、美紗も、
「よかった」と繰り返した。
 公園を歩くには寒すぎる。
「デパートに行こう」
マフラーをもらったからではなく、この日にプレゼントを買おうと決めていたのである。前もって考えてみたのだがどうにも浮かばず、美紗が気に入って選んだ物を贈ろうと今月の小遣いも足して持ってきていたのだ。

「そのコート、似合うね」
美紗は嬉しそうに笑い、横目を向けて裾をつまんだ。
「昨日買ったの。お母さんと行って」
その言葉が胸に鈍く響いたのは自分の心を振りかえったからだ。今日のために母娘であれこれと品選びをする光景が浮かんだ。美紗が欲しいと言ったのか、母親の見立てなのか、楽しく買い物をしたのだろう。そんな想像をすると同伴喫茶のことが頭を離れない自分が恥ずかしくなり、自己嫌悪に苛まれる。
(今のこの子にはセックスの欲望など微塵もないだろう……)
私との初めてのデートの喜びでいっぱいなのだ。そんな純真な心を踏みにじることになってしまう……。
 次の機会にしようかと迷い出した。すると西田が囁く。
(女は待っている……)

 デパートは買い物客でごった返していた。通路は今朝の電車の中のようで、クリスマスのBGMがさらに喧噪をあおり、のんびり売場をのぞいて回るのはとても無理な状況である。
 私は人の流れから外れて階段を昇りかけて自分の気持ちを伝えた。
「実は今日、プレゼントを買うつもりで来たんだ。何か欲しいものない?」
「ありがとう……」
美紗は微笑んだものの、もじもじと困ったような面持ちを見せた。
「遠慮なく言って欲しいんだ。何がいいかわからなくて」
「考えていなかったから……」
そしてバッグを胸に抱え直して、
「すぐに思いつかないわ」
「いいよ。いろんなところを見てみよう」

 私たちはなるべく人のすくない売り場や通路を選んで歩いた。食品や玩具のフロアは特に混雑がひどい。
 美紗がふと足を止めたのは宝石売り場である。不安になって見るともなく値段を確認する。とても自分の持ち金で何とかなるものではない品々である。ざっと見ても一万円で買えるものは数えるほどしかない。
 美紗が見入っていたのはガラスケースの中ではなかった。その隣にある帽子掛けのようなスタンドである。きらびやかなペンダントが縄のれんのようにたくさん吊り下げられてあった。

 美紗はそのうちの一つを手に取って振り向き、胸に当ててちょっと澄ましてみせた。
「それでいいの?」
安価なコーナーである。
「これがいいの。でも、高いわ」
二千五百円。問題のない金額である。
「だいじょうぶだよ。それにしよう。アルバイトしたんだ」
「でも……」
美紗は決断できないでいる。私とペンダントを交互に見ては迷っていた。
「これね、中が絹織物なの」
見ると、金属の縁取りの中が石ではない。他の品は何らかの石かガラスがはめ込まれてある。
「あたしの名前の美紗ってね、絹っていう意味なの」
それを聞いて私の気持ちが動いた。彼女の手からペンダントを取って、
「これにする。プレゼントだからぼくが決める。いいだろう?」
美紗は瞬きをしてこっくりと頷いた。嬉しさと感激が眼差しの輝きとなっているように見えた。

 昼食を済ませ、駅前に戻ると私たちは歩き回った。私が引きまわしたのである。
「喫茶店に行こう」と言ったものの、『二階のある』店が見つからず通りを何本も行き来した。入りかけて、ふつうの店とわかり、混んでもいないのに気まずく出てきたり、美紗に、あそこにあると言われて曖昧な言い訳をしているうちに時間ばかりが過ぎていった。明るい美紗の口数が少なくなってだんだんと歩き方も遅くなっていく。無理もない。理由もわからないまま何軒もの店を素通りしているのである。体力より精神的な疲れの方が大きかっただろう。私も気持ちの焦りに耐えられなくなっていた。
(同伴喫茶……)
入り口には『二階ご同伴席』と書いてあるはずだ。……それがない。
[パフェのおいしい店を聞いてきたんだけど、わからないんだ」
思いついて言い訳をしてみたが、美紗の反応は鈍い。
 上を高速道路が走る大通りに出てしまった。見渡しても飲食店すらない。
「やっぱり見つからない」
振り向くと美紗は微かに笑ったが、元気がなかった。


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