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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-2

 プログラムについては細谷が分かりやすい書式を残してくれていたので大いに助かった。案内書のサンプルから配布時期、計画書、それに過去の些細なクレームに至るまで几帳面に書き込まれてあった。いままでの現物もあったし、それらを参考にすれば不慣れな『二人』でも何とかなりそうだった。

 私たちはテーブルに向かい合って作業を続けた。美紗はイラストをたくさん入れたいと意気込んで、描いてきた数々を私に見せる。
「スペースないかしら」
「原稿、削っちゃえばいいよ」
「ふふ、それじゃ怒られちゃう」
楽しい二人の時間がしばらく続くのだ。私の胸は躍っていた。

 二年前の今頃を思い出す。細谷は私をどう思っていたのだろうか。美紗の存在を間に置きながら想いに耽った。
 自分が美紗に抱いている感情を細谷も持っていたのだろうか。少なくとも好意を寄せてくれていたのだろうか。そして私自身の彼女の捉え方は。……

 姉のように思慕する情もあった。一方、女の匂いを嗅ぎ取ったことも鮮明に憶えている。柔肌の感触を想像しながら襟足を見つめたこともある。
『あたしお姉さんよ』
彼女は言い、言いながら反応していた。体は熱く濡れて受け入れようと蠢いていたと思う。あれだけ濡れていたのだから。それなのに心を閉じた。やめようね、と私を抱きしめて言った。
 なぜだろう。姉になったり女になったり、目まぐるしい心身の変化に自らも翻弄されていたのか。危うく制御できたのは行為への恐怖だったのか、私への思いやりなのか。わからない。ただ、抑制することが純粋であるとも思えず、むしろ感受した気持ちを押し隠すことの方が不自然だという気もする。混じり気のない想いが純粋であるとするならば……。

 鮮烈な思い出とは裏腹に、私は不確かな薄暗い路を辿っていた。いまは美紗がいる。
細谷と美紗を比較するつもりはない。少なくとも私は自分を『お兄さん』とは思っていない。

 夕景に染まって歩きながら、しばしば二人の腕が触れるようになったのは少し前からのことだ。私は右手にカバンを持ち、美紗は左手に提げている。どちらかが逆にすれば腕は触れなくなる。だからずっと右で持っている。
 美紗も持ち替えることはしない。同じ想いなのかはわからない。ただ彼女は右利きである。
(疲れるだろう……)
位置を換えればいいのだが、彼女を車道側にしたくなかった。
「カバン、持ってあげるよ」
立ち止まって言うと美紗は素直に手渡した。
「けっこう重いね。教科書いっぱいだな」
「朝はお弁当があるからもっと重いですよ」
「一年は真面目だな。三年は教科書はロッカーに入れっぱなしだからカバンはぺちゃんこ。弁当箱だけ」
美紗は可笑しそうに笑った。私は右手に二つのカバンを提げた。二人の距離は変わらない。

 十月の体育祭で制服以外の美紗を初めて目にした。花輪を両手に踊るマスゲームは三学年合同の種目である。大勢の体操着の中に彼女を見つけた時、私はなぜか目頭が熱くなり、慌てて袖を目に当てた。小さな身体の全身を使って表現している姿は健気にさえ映った。彼女のクラスの隣が三年生だったので、体格の違いからなおさら軽快で愛らしく見える。すべてが爽やかで風に舞っているようだ。レモンのような小さな胸はそれでも揺れていた。
 障害物競走に出た時はスタート近くまで行った。美沙より先にクラスメイトが気づき、
「美紗、見てる見てる」と声が聞こえた。彼女は照れもせず、私に手を振った。美紗は案外足が速かった。


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