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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(2)-1

 次に美紗に会えるのは委員会の時だと思っていた私にとって、翌朝の改札口にたたずむ彼女の姿は目映い驚きであった。
(美紗!)
何か口ずさむように唇をすぼめて、体が何かのリズムをとって揺れている。きょろきょろと人の流れを追っているのは友達を待っているのか。白いソックスが朝の陽の中で清々しく光っていた。

 彼女の姿をとらえながら改札を出ると、私たちの視線が交わった。白い歯が見えたのと二人の距離が縮まったのはほぼ同時であった。美紗が走り寄ってきたのである。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
その言葉を受けた時、私を待っていたのだと思った。嬉しかった。
「待っててくれたの?」
「お母さんがお礼を言いなさいって。三年生の教室行くの恥ずかしいから……」
一年と三年の校舎は別棟になっているのである。
「そんなこと、いいのに……」
歩き出すと美紗はぴょんと飛ぶようについてきた。

 朝の清澄な空気が胸に流れてくる。学校へ向かう道は生徒で溢れ、その中には談笑しながら肩を並べて歩く男女もいる。
(私たちもその一組みなのだ……)
自分の心がとてもやさしくなっていると思った。

 美紗は家族のことを喋り続けていた。兄がいて、私より一つ年上だと言った。
「ぼくより大人だ」
「ぜんぜん!あたしより親に甘えて、子供みたい」
「大学生だろう?」
「浪人です。去年おっこっちゃって。予備校行ってるんです」
「いいところ狙ってるんだな」
「勉強しないで遊んでるからですよ」
美紗は心から会話を楽しんでいるようにみえた。表情が豊かで、体の動きまで加わってくる。彼女を見ているだけで気持ちが和んでこちらまでうきうきしてくる。いつもなら眠気をかみ殺して黙々と歩く通学路。この違いはなんということだろう。そしてこの晴れやかさときたら!

 美紗は私の心に充満していた。
(美紗……)
彼女の中にも『私』がいるのだろうか。そうあって欲しい願いのうちに、学校までの道程を近いと感じたのは初めてであった。

 その日の帰り、校門には私を待つ美紗がいた。実は期待があった。
(もしかしたら……)
いや、きっと……。それは祈りにも似た想いだった。
 美紗は気恥ずかしそうにもじもじしていたが、言葉は明瞭であった。
「一緒に帰りませんか?」
「家まで送ろうか」
「いいですいいです。今日は明るいです」
大きな声だったので他の生徒たちが目を向けた。

 私たちはそれから毎日登下校を共にするようになった。初めのうちは朝も帰りも美紗が先に来て待っていたが、そのうち私が早いこともあって、照れ臭いので改札から離れたところで待っていた。校門では外へは出ずに構内をうろついていた。美紗にはそのわけがわかっていたようで、いつも笑いをこらえていた。

 毎日のことなので、私たちのことは多くの友人の知るところとなった。友人だけではない。実行委員会でも周知のこととなっていた。
 西垣はプログラムの議題になると、ことさら、『二人』を強調する話し方をした。『二人で相談して』とか『二人に任せるよ』などと何度も繰り返す。しまいには二年生の女子が口を押さえて噴き出す始末だった。その時に自分たちがいかに目立っていたかを痛感したことだった。尤も、前回の委員会が始める直前に決定的なことがあった。
 美紗一人が遅れていて、全員が部室で待っていると廊下を走ってくる音が聞こえた。
(美紗だな……)
すると、
「美紗ちゃーん」と誰かが呼びとめた。
「なあに?」
間延びした美紗の声は大きくて二人に距離があるようだった。
「何時に終わるの?たまには一緒に帰る?」
「ごめんね!磯崎先輩と帰るの!」
「やっぱりね!」
黄色い声が響いて、室内のみんなは笑いをこらえていた。私は顔の火照りを感じながらも清涼な心地よさを感じていた。


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