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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(1)-7

 今日初めて会った私に対して、美沙は物おじすることがなかった。三年生の男子というと人によっては畏怖さえ抱くものなのに、彼女にはそんな距離感はまったくない。
「あたし、三年生と一緒にやりたかったんです。だって、大人でしょう?」
 美沙は中学の時に文集委員だったそうで、
「編集するの好きなんです。いろいろカット入れたりして」
「じゃあ、そのへんは任せるよ」
「無理ですよ。一緒に考えてください」
困った顔が遅れ気味になって早足でついてくる。
「歩くの速いですね。背が高いから」
美沙とは三十センチ近い身長差があろうか。その意味では『大人』と感じても無理はない。

 駅に着いて彼女の家が反対方向であることを知った。
「送っていくよ」
「はい。ありがとうございます」
素直に好意に頷く微笑みを見た時、私は持て余すほどの愛しさを覚えて戸惑った。どうしてこれほどの熱い想いが生まれてくるのか、理解出来ずにいた。
 
 彼女が降りる駅は隣町の中心部にある。ものの十分とかからない。
 ホームに降り立つと美沙はカバンを前にして挨拶の体勢をとった。
(まだ、別れたくない……)
構わず改札口に向かうと小走りに追ってきた。送るといった意味を駅までと考えていたようだ。
「家の近くまで行くよ。暗いから」
「え……。でも、遅くなっちゃいます」
「だいじょうぶ」
「すいません……」
恐縮を示しながらも困惑の色は見えない。むしろ嬉しさが現れていたように見えた。

 家までは七、八分。並んで歩く歓びを味わう間もない。
「うち、そこです」
閑静な住宅街の一画である。

「それじゃ、明日からがんばろう」
私が言い終わらないうちに美沙は走り出して家のドアを開けた。
「お母さん!先輩が送ってくれたの!来て!」
たじろいで、立ち去ろうとしたが動けない。嬉々とした彼女の声はなんと澄み切っていたことだろう。
 すぐに母親が現れた。美沙は母親の腕を取り、急きたてるようにやってくる。

「実行委員の磯崎先輩」
私は心持ち歩み寄ってぎこちない挨拶をした。
「委員会で遅くなりました」
「わざわざすみませんでした」
穏やかに綻んだ口元は美紗によく似ている。
「わがままな娘ですけどよろしくお願いしますね」
「わがままじゃない」
美沙は母親を睨みつけ、甘えるように体を擦り寄せた。

 帰り道の私には幸福感が溢れていた。歩きながら、電車の中で、その気持ちを宙に放り投げては受け止めた。

 寝床の中で目を閉じると彼女の面影が浮かんでくる。美沙は屈託のない笑顔で私の周りを走り回った。まるで子犬のように……。
 私は全身を躍動させる彼女を目で追いながら、少しでも遠のくと呼び戻した。
「そばにいたいんだ」
声に出して呟いた。美紗が鬼ごっこみたいに逃げていくと追いかけていった。
「待って……ここにいて……」

(この気持ちはなんだろう?……)
三原恵子には感じなかった感情である。細谷にも、もちろんミチやクミにも生まれなかった想いである。
 考えを振り払うと新鮮な歓びだけが脳裏に舞った。
(好きなんだ……)
ただただ好きなんだ……。それだけが光を放って、白く眩しく、私はなかなか寝付けなかった。


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