恋するビースト-4
手を伸ばし、机からチケットの封筒を取り上げた。
溜め息をつくメルヴィンに、封筒を突き出す。
「このチケット、誰か買ってくれる人を知りませんか!?」
「……は?」
「だって、勿体無いです!」
唖然とするメルヴィンに詰め寄った。
「ウォーレンさんから教えてもらいました。人間社会では、良い事をしたいって言うだけじゃ、なかなか助けて貰えない。誰かを助けたいと思っても、何をするにもお金がかかるって」
「ま、まぁ、そうだな……」
「私には必要なくなったんですから、お金に変えて、メルヴィンさまが、獣人をもっと助けるのに使ってください!」
夢中で訴えたら、困りきった顔のメルヴィンに、ちょっと落ち着けと頭をポンポンされた。
「あー、それはつまり、俺のプロポーズを受けてくれるということで、いいんだな?」
「ぷろ……」
改めてそうはっきり言われ、顔が真っ赤になっていく。
チケットの封筒をを急いで机に戻し、コクコク頷いた。
不機嫌な表情のメルヴィンに、ぎろりと睨まれる。
「まったく、何を言い出すかと思えば……」
「うぅ……すみません……」
「安心しろ、今ならまだ全額払い戻しができる」
払い戻しというシステムを初めて知り、ホッとしたのと申し訳ない気持ちでごちゃ混ぜになる。
落ち着いて考えれば、いくらなんでも自分の素っ頓狂な返事は酷すぎた。
なんとか回復できないかと思い、おずおずとメルヴィンをみあげると、大きな腕に抱きすくめられた。
「言っておくが、もう気が変わったは無しだぞ」
拗ねたような口調で告げられる。
「はい……」
「婆さんの遺言に逆らわせて、悪かったな」
心配そうな声に、ふわりと口元が緩んだ。
「いいえ。婆さまの遺言は、必ずしもビースト・エデンに行く事じゃなくて……私が幸せになることでした」
きっと婆さまは、獣人が自由に暮らせ、身分に邪魔されず愛を育める地として、あの場所を示したのだろう。
でも、ルビーが愛する相手はここにいて、たとえ身分や種族の違いに邪魔をされても、一緒にいたいと願ってしまった。
獣人にとって、赤の大陸は牢獄も同然。
けれどルビーにとっての楽園は、メルヴィンの隣りだ。
「私はメルヴィンさまのそばに居たい……」
次の瞬間、息もできないほど抱き締められ、唇がかさなった。
「――ちょっと待ってくれ」
唇を離し、メルヴィンが囁く。
魔晶石ブーツではなく普通の靴なのに、凄まじい速さですっ飛んでいき、勢いよく扉を開いた。
「やっぱり……!!」
あわてて扉から飛びのき後ろを向いたウォーレンとタバサに、メルヴィンはこめかみを引きつらせた。
カモフラージュにほうきとハタキなんぞ持っているが、過保護な二人が盗み聞きしていたのは、一目瞭然だ。
「気配は消したはずでしたが……あいかわらず勘がお鋭い」
ウォーレンが気まずそうに咳払いをする。
「行動パターンを読んだだけだ!」
「ホホホ。まぁ、良かったではありませんの。さっそく祝い菓子を焼いて近所にお配りし……」
「頼むからやめてくれ!」
ニヤニヤしている二人を廊下から追い払い、メルヴィンは急いで扉をしめる。ついでにしっかり鍵までかけた。
立ち尽くしていたルビーを、軽々と横抱きに抱えあげる。
「あいかわらず軽いな」
ベッドに押し倒され、真っ赤だった顔がさらに熱くなる。
「ちょ……い、いますぐ、ですか……?」
「半年以上もお預けくらったのに、まだ待たせる気か?」
初日の夜に抱かなかったのを、何度も後悔したと、告白された。
その合間にもついばむような口づけを何度もかわし、ボタンが一つづつ外ざれていく。
首筋に唇が落ち、そのまま鎖骨に移動し、わずかな膨らみの胸元へ滑っていく。
殆どもう目立たないが、白い獣の歯型がそこにも残っていた。
まだ昼間で室内は明るい。
ルビーが自ら慰み者となった刻印が、藍色の眼にしっかり晒されているのが苦しくて、そろりと手で隠そうとした。
「隠さなくていい」
優しい声と共に、手を退けられた。
「この傷は全部、お前が誇り高い獣人として戦い抜いた証だろう?」