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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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野生のビースト-1

 焼け付く陽射しの下、赤い岩山ばかりの荒地がどこまでも続く。
 ろくな旅支度もないまま、ルビーは何日も歩き続けていた。
 用心のため街道は使えず、荒地を隠れ進むしかないので、余計に旅は苦しい。
 喉の渇きに耐えかねていたところ、水辺に住むはずの蝶を見つけ、小さな村にたどり着いた。
 |獣人《ビースト》とばれないよう、耳と尻尾は慎重に隠しているし、人間のフリをして、水をちょっと分けて貰おうと思ったら、なんと村は山賊が襲撃の真っ最中で、死体の山。
 異変に気付き、回れ右をして逃げようとしたが、山賊たちが飼っている狼獣人に追いつかれ、あっさり掴まった。

――神さまなんて甘い存在、最初から信じていなかったけど、疫病神はいるのかもしれない。私の背中に張り付いてるんだ。きっと、ニヤニヤ笑ってさ。

 
 硝煙と血の匂いが立ちこめる中、山賊たちは村の小さな広場に略奪品を集めていた。ルビーは上体と足首を縄で縛られ、地面に座らされている。
 周囲ではマスケット銃や斧を携帯した男達が、略奪品の検分をしていた。

「野生の黒豹だぜ、しかも牝だ!」

 ルビーの頭からマントのフードが払われる。無傷の黒い豹耳を見て、中年男が喜びの声をあげた。
 人間は所有する獣人の耳に、飼い主の名を記入したタグをつける。たいていは小さな銀プレートだが、耳端を切り取って済ませる事もある。

 そして『野生化した獣人』とは、失礼極まりない表現だとルビーは思う。
 まるで獣人が、太古から人間の所有物だったような言い草ではないか。
 両者が出会ってから、まだニ百年は経っていないのに。

 ここ、『赤の大陸』に、獣の耳と尾をもつ獣人という種は、本来はいなかった。
 赤土の砂岩と荒野が大半を占める、過酷なこの地で生き抜いてきた人間は、ニ百年近い昔、海の向こうに豊かで美しい『緑の大陸』と、そこに住む獣人を発見した。
 平時で獣人の姿は、人間のそれとほとんど変わらない。狼・クマ・猫・など、さまざまな獣の尾と耳がついているだけだ。
 だが人間よりはるかに生命力が強く、種族や個体差はあるが、身体能力も非常に高い。また、自らの意思で変身ができ、毛皮に覆われた半獣の姿で、獣として最大の能力を発揮できる。
そして人間と同じような知性も持っていた。言葉を話し、喜怒哀楽を表現し、独自の文化を持っている。

 しかし人間達は、獣人を獣と判断した。
 平和に暮らしていた彼らを攻撃し、土地を奪い、多数の獣人を奴隷としてこの大陸に連行したのだ。

 それから二百年近く。
 人間の法は、獣人を奴隷……家畜として表現する。
 だから、ルビーのように人間から逃れた獣人の間に産まれ、一度も飼われた経験のない獣人は『野生化』と称されるのだ。

「いくら年寄りばっかの村で、簡単に皆殺しできてもよ。こんな素寒貧じゃ、かえって手間損だったが……とんだオマケがあったぜ。帝都なら高く売れるな」

 嬉しそうに手をこすり合わせる山賊に、別の男が鼻を鳴らした。

「そうか?こんな小汚ねぇ貧相なガキなんざ、買い叩かれるのがオチだろ」

 豹族の獣人は、本来なら身体も大きく筋肉はしなやかで、力も強いはずだ。
 しかし栄養不足で育ったルビーは、十八になっても背も低くガリガリで、胸や腰はぺったんこ。月のものも滅多にこない。大きな赤い瞳と短く切った黒髪が、よけいに顔立ちを幼く見せている。
 着ていた衣服やフードつきマントは、もともとオンボロだったが、荒野の砂埃で汚れきっていた。山賊たちの薄汚れた衣服の方が、よっぽど小奇麗に見えるほどだ。

「うん、私もそう思うな〜。逃がしてくれませんか?」

 腹は立ったが、ヘラっと愛想笑いを浮かべて頼んでみた。逃がしてくれるのなら、小汚くて貧相でけっこう。この際、プライドなんか後回しだ。
 しかし山賊は、ルビーの訴えを無視し、他の略奪品の検分に戻った。

「帝国兵が来る前に、さっさと盗るモンとって、ずらかるぞ」

 ニ十人近くいる人間の山賊に、熊と狼の獣人が一人づつ混ざっていた。どちらも青年を少し過ぎたくらいの、逞しい男だ。
 獣人たちは検分には参加せず、どんより濁った目で虚空を眺め、ぼうっとしている。

「おねがい。助けて」

 こっそり話しかけても、どちらもやはり反応はない。半開きになった口はしからは唾液が垂れ、山賊の一人が小さな丸薬を渡すと、貪るように口に放り込んだ。
 人間達は、獣人にどんな命令も聞かせるために、薬を使うことがある。依存性が強く、飲まされるとそれ無しでは生きていけなくなる、恐ろしい麻薬だ。
 飲み続けるうちに、理性も自我もなくなり、薬を貰うことしか考えられなくなる。そうなればもう、泥人形も同然だ。

(酷すぎる……)

 薬漬けになった同胞の姿に、灼熱の太陽の下なのに、冷水へ浸けこまれた気がした。




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