恋するビースト-1
――瞬く間に、二ヶ月が過ぎた。
ルビーは屋敷の玄関ポーチに座りこみ、春めいてきた空をぼんやり眺める。
メルヴィンはあの日から、一度も屋敷に戻ってこない。
事件の後片付けに忙しく、その後は帝国会議とかいうもので、各地から帝都に要人が集まるため、ずっと軍の宿舎に泊まりこんでいるそうだ。
ちなみにこの会議のために、現イグレシアス当主であるメルヴィンのもう一人の兄も帝都を訪れている。
だが、会食や小会議が連日あるので、帝都中心街のホテルに宿泊しており、この屋敷を訪れるのは、会議が終わって数日後になるらしい。
屋敷のある閑静な高級住宅街は、いつもと変わらぬ静けさで、黄色の小さな蝶がひらひらとルビーの周りを飛び回っている。
しかし、一週間をかけての会議が開催されている宮廷と、その周囲の市街地は今、大変な騒ぎらしい。
帝都の民は皆、三年に一度の大会議に興味深々であり、新聞は連日会議の予想ばかり記している。
会議の結果を一日も早く知ろうと、各地の新聞記者はもちろん、観光客も多く、彼らを相手の商売も賑わう。
赤地にクロスと銃を記した帝国の国旗がそこかしこに翻り、便乗グッズも多数売られているという賑やかな街の様子は、タバサから聞いた。
「はぁ……」
つい、小さな溜め息が漏れる。
何を聞いても耳を素通りしてしまうし、目を向ける気にもなれない。
自分の身体から空気がプシュンと抜けてしまったような、そんな気分だった。
(これから、どうしたら良いのかなぁ……)
辺境にいた頃は、生きるのに必死で悩んでいる暇なんかなかった。
その後はずっと、ビースト・エデンという目標があった。
でも……もう全てが良くわからない。
ウォーレン達は事件のことを固く口止めし、代わりにその後の頃を少しだけ教えてくれた。
グレンの死体は見つからず、旅団の獣人も逃げおおせたらしい。あの少女たちは働き場所を紹介され、それぞれの日々を過ごしているそうだ。
港で別れる際、メルヴィンから必ず屋敷で待つようにと厳重に言われていた。
ウォーレン達も相変わらず、ルビーを自分たちの娘のように受け入れてくれる。
それで契約期間はもう一ヶ月も前に過ぎているのに、有耶無耶なままここにいるのだ。
主不在の屋敷で、狼とキツネの獣人夫婦と暮らしていると、ときおり酷く懐かしい暮らしに戻ったような錯覚を覚える。
さまざまな種の獣人が寄り添い暮らし、ルールはたった一つだけ。皆で助け合うこと。
本来旅団のあるべき姿であり、突き詰めればこれは獣人がはるか昔、緑の大陸でしていた暮らしなのだ。
とても穏やかで幸せな暮らしだ。それなのに、ルビーの気分は晴れない。