歩み出す子孫-4
その夜は、本当に最後まで大変だった。
港にボートをつけた途端、多数の警備兵が銃を向け、メルヴィンたちを完全包囲した。
私有地の港で救援弾があがり駆けつけた所、多数の死体があったうえに、海上では小型船が炎上しているのだ。当然だろう。
おまけにようやく来た帝都の警備用軍艦も口を出し、さらにややこしくなった。
ディオン隊長がいなければ、一晩くらい留置所に入れられていたかもしれない。
こういう時の隊長は、実に頼りになる。
船の中に捕われている少女を助けるのが先だと、警備隊長を怒鳴りつけ、いつのまにかその場の指揮者となり、てきぱきと皆に指示を出す。
船はすでに沈みかけ、少女たちのいた船倉も浸水し始めていたが、なんとか全員を助け出せた。
ウォーレン達にルビーをまかせ、メルヴィンはかけつけた遊撃隊員と共に、少女たちの保護にあたる。
ルビーから、彼女達が誘拐に見せかけ身内から売られたと聞いた時、メルヴィンと隊長は、やはりと顔を見合わせた。
誘拐事件の調査が一向に進まなかったのは、被害者家族の証言が曖昧すぎるうえ、捜査にも非協力だったからだ。
グレンたちの指示で、デタラメに飛び交わされた嘘の証言は、麻薬売買の捜査まで撹乱させていた。
そのせいか、少女達の半数以上は、助かったというのにどこか浮かない顔をしていた。
これで家族は罪に問われるだろうし、彼女たちの大部分も、家に帰った所で居場所などないだろう。
親に強いられ売られた少女も、家族の為に自分から身売りした少女もいるようだ。
命の保証もされない代わりに、娼館行きよりよほど高い金額が提示されたらしい。
軍部に戻ったメルヴィンは、無表情の内心で歯軋りしながら、胸クソ悪い調書を取り続ける。
「あの……うちのお父さんとお母さん、捕まっちゃうんですか?」
質素な麻の服を着た少女は、部屋に入るなり脅えた声で尋ねた。貧しい身なりでも、売買に目をつけられるだけあり、目鼻立ちの整った美少女だった。
「人身売買と捜査妨害の罪に問われれば、そうなるだろうな。……君の名前と年齢は?」
「エイミー・カーサス、十六です。家族は止めたけど、わたしが自分で決めて身を売りました。お父さんは工場をクビになっちゃって、仕方なかったんです。頑張ったけど、もう娼館に行っても返せないくらい借金が増えて……」
「その辺りの事情は、改めて聞こう」
自分でも嫌なヤツだと思いながら、メルヴィンは切羽詰った少女の訴えを、すげなく遮る。
「今聞きたいのは、君の家族と取引きした奴等の情報だ。どんな些細な事でも良い。本当の事を教えてくれ」
「はい……」
しょげかえった少女が、身売り話を持ちかけた人間の人相などを、ポツポツ白状する。
船の中で起きたルビーとグレンの会話なども、他の少女とだいたい内容は同じだった。
やがて聴取が終わり、エイミーは椅子から立ち上がる。
しかしすぐ退室しようとせず、何か言いたそうにメルヴィンを見つめていた。
「まだ思いだしたことが?」
促すと、躊躇いがちに口を開く。
「わたし、獣人が大嫌い。あんな怪物で得したのは、昔の奴隷と今のお金もちだけです。工場や農場は獣人ばっかり使うようになって……」
人間の少女は俯いて震えている。
彼女の家庭が困窮した背景は容易に想像でき、メルヴィンは内心で溜め息をつく。これで今日、似たような事を言い出したのは三人目だ。
「あのルビーって獣人が、わたし達を助けたのは、何か裏があるんだわ!そうじゃなきゃ頭が変なのよ!」
悔し涙を滲ませ、少女は訴えた。
「グレンは怖かったけど、あっちのほうがよっぽど理解できる。もうずっと前から、人間は獣人を家畜扱いてるんだから、私達がそう扱われて当然だって、喜ぶはずなのに……!低脳なケダモノのクセに!!どうして……!!」
泣き崩れる彼女は、獣人が奴隷になった事による思わぬ影響から、自分たちの不幸があると思っている。
自分の不幸を嘆き、手っ取り早い怒りをぶつける先に選んだ獣人は、蔑んで当然の『悪』でなければいけなかった。
だから彼女達はグレンより、ルビーが腹立たしい。
自分達が憎む獣人に……しかも彼女達よりはるかに酷い目にあっていたルビーに助けられたことは、
『家族のために身を売った健気な私は、同じ奴隷にされようと、獣人よりよほど可愛そうで尊い存在』
という彼女達の無意識のプライドを、根底から打ち砕くのだ。
「あ、あれじゃぁ……まるで、わたしたちが……」
――自分の事しか考えてない、嫌なヤツみたいじゃない。
最後まで声にならない言葉が感じ取れ、メルヴィンは目を瞑り、息を吐き出した。
彼女達も社会の被害者であり、そんな事に優劣などないのに……。
「ああ、俺にも理解しがたいな」
ルビーを侮辱されるのは腹が立つが、メルヴィンでさえそう思ってしまう。
自分に余裕がある時は他者を助けられても、それ以上はできない。
大切な者は命がけで守れても、憎い種族まで助けようとは思えない。
それが人間の『普通』だ。
瞼の裏に、『変』な愛しい獣人少女の顔がちらつく。
「……獣人の中でも、あんなのは珍しいだろうよ」