歩み出す子孫-2
クタリと目を閉じたルビーを抱えなおし、メルヴィンは顔をしかめる。
嫉妬心むき出しの囁きは、どうせ他の三人にもしっかり聞えていただろう。
(それにしても、まさか救援弾を撃つなんてな……)
寒さに震えるルビーの睫毛を眺め、内心で呟く。
ウォーレンが船の説明をする際、屋敷の屋根裏から古い実物を見つけ、使い方を教えていたらしい。
夜中にボートを出そうとしていたウォーレンたちを、港の警備は不審がり、なかなか出してくれなかったのだが、あの救援弾に驚いた隙にようやく抜けだせたそうだ。
小型のボートは軽い上に、タバサが魔晶石を使えば、軍艦よりよほど早く進む。
もう少し遅れていたら、メルヴィンも力つきていただろう。
荒れる夜の海面を眺め、もしルビーがあのまま沈んでいたらと思うと、背筋が凍る。
ルビーを抱き締め、メルヴィンはこれまでの経緯を思い出す。
***
――ルビーの行方を掴めたのは、『ファルファラ』従業員たちのおかげだった。
軍人と見れば逃げ出す後ろ暗い人間も、可愛い獣人少女には警戒心を緩め、小銭とおだてで何でも教えてくれる。
接客のエキスパートたるシェアラたちは、ルビーに似た子が黒豹獣人に連れ去られたことや、その黒豹獣人がよく出入りしている港の情報を、すぐ掴んでくれた。
その港を聞いて、驚愕した。前々から麻薬の密輸口ではないかと疑っていた所だ。
ファビアンが売人を見失ったのもその近くで、ディオン隊長は誘拐事件への関与も疑っていた。
しかしいくら黒い噂があっても、港の持ち主には軍の上層部との癒着があり、強制捜査もできなかったのだ。
そこで隊長やウォーレンたちは近くの港から小さなボートで近づき、メルヴィンだけが港へ直接入ることになった。
帝都の条例で、タグに名前を刻んでいる飼い主は、獣人への管理責任がある。
逃げ出した場合はすぐ捕獲せねばならず、私有地に踏み込むことも許されていた。
だから、『屋敷から逃げ出した』ルビーを追っているだけなら、もし何も見つけられなくとも、咎められない。
そして砲弾が船首を破壊した時、とっさにブーツの踵をそらし急停止したが、ルビーは目の前で、グレンと共に真暗な海に吸い込まれていった。
バラバラと材木の破片が飛び散る海面へ、とっさにメルヴィンは飛び込んでいた。
『沈むな!!浮け!!!』
宙空で両足の魔晶石に叫ぶ。
靴底を蒼い光が覆い、揺れる海面にメルヴィンは立っていた。こんな使い方をしたのは初めてで、今までできるとも思っていなかった。
『っと……!』
柔らかすぎる足元は頼りなく、時おり冷たい海水に足がもぐりこむ。少しでも気を抜けば、即座に沈んでしまうだろう。
荒れ狂う夜の海で、どこを見てもルビーの姿は見当たらず、まだ船首を破損しただけの船へ、小型船は次の砲撃を撃とうとしていた。
グレンの怒鳴り声から察するに、仲間割れだろう。軍艦が到着する前に、完全に沈める気だ。
『ルビー!!』
大声で叫んだが、真暗な海は激しく波打つばかりで、返事はなく姿も見えない。時おり大きな飛沫があがり、冷たい海水が降りかかる。
すでに沈んでしまったかと、焦りばかりが募る。
目の前に、ぼんやりと半透明の影がゆらめいたのは、その時だった。
トレイシー・イグレシアスの亡霊が、夜の海面にゆらりと立ち尽くしていた。
砂色の髪に藍色の瞳をした長身。成長するにつれ、メルヴィンはトレイシーに酷似していった。
服装だけ違う、鏡写しのような祖先の亡霊に怒鳴った。
『また……余計な事はしないで、立ち尽くしていろっていうのか!?』