紅蓮のビースト-9
(どうしてだ……!!)
喉を引き裂く寸前で震え、動かない自らの腕を、グレンは罵る。
散々嬲っておいて、今さらルビーを殺せないなんて。
(どうして出来ない!?ふざけるな!思い知ったじゃないか!この世界は……)
――弱肉強食。
この残酷な世界の大原則を、人間たちの方がよほど覚えていた。
祖先の獣人とて、緑の大陸で何も食べなかったわけではない。獣を狩り、植物を取って食べた。
産まれた瞬間から、誰でも他者を食い生き残る殺戮者。
自然と共に生きると言いながらそれを忘れ、獣人は歪んだ奇麗事の博愛を唱え、弱くなっていった。
獣人の歪んだ弱さが憎かった。
それを頑固に貫くルビーも、彼女に甘えている奴等も、内心で同情しながら何もしない奴等も、全てが憎かった。
ならばそこから変えてやる。悪習を排除し、獣人に本来の野性を取り戻させる。
その為なら何だって出来ると誓ったのに……。
ルシーダが盲目になり、いよいよ困窮したルビーたちを、無条件に助けるなどできなかった。
それこそが獣人の弱さを肯定してしまう。
ルビーが助けを請うなら、旅団長として何かを差し出させなければならなかった。
身体を要求するグレンを、ルビーは心底怯えた眼で見上げていた。
旅団で何年も犯し続けたのに、ルビーが孕まなかったのは当然だ。
あんな弱りきった身体でもし孕んでしまえば、子どもを無事産むどころかルビーの命まで危うい。
だからグレンはいつも、ルビーを抱く前に栄養剤と偽り、妊娠を免れる特別な薬草を飲ませていた。
そしてルビーを犯すとき、いつも告げていた。
ーーたった一言でいい。『もう嫌だ』と言えば、いつでも取引きは止めてやる。
どんなにルビーが懇願しようと、もう獣人の弱さを受け入れるつもりはない。
そしてルビーも、早く音をあげろとどれほど嬲っても、絶対に嫌だと言わなかった。
苦痛に呻き泣き続けるルビーを犯すのは、楽しくもなんともなかった。なのに、身体だけはしっかり欲情している自分へ、侮蔑と嘲笑がこみ上げた。
どうしようもないほど心は爛れて荒みきり、予想外の展開でルビーを見失った時には、どこかでホッとしている自分がいた。
見捨てたいのに、どうしても見捨てられない。
グレンの決意を蝕む邪魔者が、やっといなくなった。
なのに、帝都でルビーに似た少女を見かけたと部下から聞いた途端、必死で探し回らずにいられなかった。
『グレン、だ〜いすき!』
心臓の奥底にしぶとく留まり続けていた、幼いルビーの声が、とどめを刺す。
こみ上げそうになった嗚咽をゴクリと飲み下し、力の抜けた爪が崩れ落ちていく。
(ああ、そうか……バカは俺だ……)
鮮烈な決意の根源は、いつも自分の後をついてきた可愛い黒豹少女の存在だった。
人間に脅える事無く、思う存分大地を駆け回れ、旅団という存在すら必要なくなる本当の自由を、ルビーにあげたかった。
(どこから、間違っちまったんだろうな……)
轟音と爆風が襲い掛かってきたのは、その時だった。
小型船の砲弾が、船首に当たったのだ。
「っぐ!!」
とっさにルビーを抱え込んで伏せる。
熱風が毛皮ごと皮膚を焼く。焼き鏝を押し当てられたような激痛が右半身を覆った。
すぐそばまで駆け寄っていた軍人との境で、甲板が大きく割れる。
足元の板が大きな音を立てて崩れ、グレンはルビーを抱えたまま、夜の海に投げ落とされた。