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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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紅蓮のビースト-8

 グレンは配下の人間を、当然ながら獣人より低く扱った。だが役に立つと思う者は虐げず、報酬さえ与えた。
 その人間達も、そもそもは辺境で悪事を尽くしていた犯罪者だ。麻薬で洗脳されていなくとも、獣人の配下から逃げようと帝国軍人に助けを求めるなどありえなかっただろう。
 軍に捕まれば、十回は死罪になるだけの事をやっている。

 船にいた人間の男たちは、突然乱入した帝国軍人に向け、ためらい無くマスケット銃の引き金を引いた。
 しかし、古い型式で命中率の悪い銃のうえ、視界の悪い夜だ。蒼く光るブーツを履いた帝国軍人は、獣のような俊敏さで軽々と避けてしまう。
 逆に向こうから撃ち込まれた二丁拳銃の銃弾は、正確に男達を撃ちぬいていった。
 しかも魔晶石のエネルギー弾だ。マスケット銃と違い装填時間もなく、次々に蒼い弾丸が打ち込まれる。

「アイツもしかして、例の……」

 大急ぎで朔杖を突き入れながら、弾丸を込める男の声が震える。
 魔晶石のブーツと二丁拳銃をもつ死神の噂は、辺境でも風の噂で届いていた。
 敵を倒し手柄をあげても、喜びも高揚も現さず、ただそれだけが役割だというように、感情の死んだ無気力な目で、淡々と死を撒き散らす。

『無気力な|大量殺戮者《ジェノサイダー》』

 疑惑への返答を、男は魔晶石のエネルギー弾で受けた。朔杖のついたまま銃を取り落とし、穴の空いた眉間を上に倒れる。
 その隙に獣人たちは渡し板を下ろし、次々と港へ飛び移り襲い掛かっていった。しかし軍服をわずかに切り裂ける程度で、逆に頭や足を撃ちぬかれる。

「全員でかかれ!」

 信じがたい光景に、船上でグレンは怒鳴った。

「そいつを殺して、早く船を出……」

 だが続く指示は、轟音に打ち破られた。
 数百メートル沖に、いつのまにか一艘の小型船が姿を現しており、そこから大砲が撃ちだされたのだ。近くの海面で水柱があがり、激しく船が揺れる。

「なんだっ!?」

 グレンは目を疑う。
 夜目の利く彼には、黒く塗った船が、グレンと取引きをしていた帝国貴族のものだとわかった。
 そして更に、はるか沖の公共港から、帝国の巨大な軍艦がこちらに向ってくるのも見えた。おそらくルビーの撃った救援信号に駆けつけたのだろう。

「アイツら!!俺たちを切り捨てやがったな!」

 彼らの思惑を理解し、歯軋りする。

 二ヵ月後には、この帝都で三年に一度の『帝国会議』が開催される。
 帝国全土から各領の貴族が帝都に集まり、軍の上層部や皇帝まで出席し、帝国全体の方針や法律を定める最大の会議だ。
 帝国内で軍や貴族の発言権が強まった事により、六十年前から始まったこの会議は、表向きは厳粛で公平なものだが、本当に重要なのは、会議前の半年間。
 貴族や軍の間で、自分の望む方向に会議を導くよう、裏取引が横行する。多額の賄賂はもちろん、弱みを握って脅迫したりなど、最初からルール違反の泥試合に、モラルも何もあったものではない。
 帝国会議など、実際は結果は事前に全て決まっている出来試合だ。
 貴族と手を組む犯罪組織にとってはまさに稼ぎ時であり、グレンたちの取引き相手も、この会議へ向けて資金稼ぎが目的だった。
 しかし、逆に犯罪証拠を掴まれなどしたら、資金集めどころの騒ぎではなくなる。

 油断のならない人間の取引相手たちは、グレンを常に見張っていたが、こちらも向こうの行動を掴みやすかったので、好きにさせていたのだ。
 奴等は手ごわい帝国軍人の出現に加え、軍艦まで来たことで、計画続行は不可能と判断したのだろう。
 それよりも積極的に攻撃して船を沈め、証人の殺害を図ろうとしているのだ。
 
「ハ……!この切り替えの早さにゃ、まったく舌を巻くぜ」

 冷や汗を浮べ、港の獣人たちに命じる。

「失敗だ!!ここは俺が引き受ける。全力で逃げろ!!」

 あの帝国軍人は確かに強敵だ。旅団全員でかかれば殺せるだろうが、そんな事をしている間に、船を破壊されてしまう。もしそれを免れたとしても、この船では軍艦に追いつかれてしまう。
 一人でも多くの部下を逃がすのが最善策だ。
 グレンが選んだ部下たちは、長の身を案じ躊躇するような真似はしないでくれた。頷き、いっせいに軍人の傍から散る。
 帝都や辺境までの荒野には、いくつか隠れ家があり、彼らはそこで落ち合うだろう。
 もちろんグレンも、ここで死ぬつもりなどなかった。
 横に跳ね飛び、魔晶石の銃撃をスレスレで避ける。砂色の髪をした帝国軍人の銃は、恐ろしいほど正確に狙いを定めてきたが、グレンとて過酷な荒野で生き抜いてきた獣人だ。
 理論よりも先に身体が動き、次々と蒼い光の銃撃を避ける。

 そして座りこんだまま気絶しているルビーを抱えあげ、自分の前にかざした。

「軍人!これが欲しけりゃとりに来い!!」

 思ったとおり、帝国軍人はルビーごと撃つことができず、魔晶石のブーツで船へ駆けてくる。
 その間にも、小型船の砲弾はますます激しさを増していた。
 よほど砲撃手が下手なのか、まだ船体には当たらないものの、時間の問題だ。揺れ動く床に両足を踏みしめ、鋭い爪をルビーの喉に当てた。

(ルビー!お前は最後までバカだった。せめて俺の餌になれ!)

 ルビーを最後まで人質にとる気はない。所詮、人間が獣人と自分の命を交換するはずは無いからだ。
 あの人間だって、いざとなればルビーごとグレンを撃ち殺すだろう。
 だがら喉首をかき切ったルビーを放りつけ、一瞬の動揺をした隙に殺す。


 ……それなのに。



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