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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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紅蓮のビースト-7

甲板に飛び出した途端、強い潮風の吹く夜気が、ルビーを包み込む。
 思ったとおり、渡し板は引き揚げられ、船はすでに港から離れる準備をしていた。
 港まで飛ぶには距離がありすぎ、暗い海面は不気味に波打っている。泳いだ事のないルビーが飛び込めば、すぐ溺れてしまうだろう。

「ルビーを捕まえろ!!」

 一瞬遅れて甲板に出たグレンが怒号をあげる。
 部下たちは、抱えていた綱や道具を放り出し、いっせいに襲い掛かってきた。
 人間は剣や銃を持ち、獣人は半獣の姿へと変わる。
 思いきり跳躍し、彼らの頭上を飛び越えた。夜闇の中にピンク色の衣が翻る。

 旅団にいた頃なら、すぐ捕まってしまっただろう。かつてのルビーを知っていた獣人たちも、そう甘く見ていたはずだ。
 だがこの五ヶ月間で、ルビーは力を取り戻していた。小柄な身体を生かし、グレンの手下たちを次々避ける。
 しかし狭い船で逃げ回るには限界があり、次第に船首へと追い詰められいった。

「誰か助けて!この船に、女の子が沢山捕まってるの!!」

 人気のない夜の港に向け、大声で叫ぶルビーに、グレンが口元をゆがめる。

「ムダだ。ここは正規の港じゃなく、ある帝国貴族の私有地だからな。おかげで夜間の出航も可能というわけだ」

 完全に優位と見た獣人たちは、あえて遠巻きにルビーを囲み、ニヤニヤと眺めている。

「人間は何でもすると言っただろう?利益になると思えば、平気で獣人と組み、同族を売る商売をやり始めるんだよ」

「そんな……」

 グレンが靴を脱ぎ捨て、一歩踏み出した。その手足が黒い毛皮に覆われ、筋肉が膨れ上がる。牙が鋭くのび、紅蓮の双眸は更に凶暴味を増した。
 半獣となったグレンは、いっそう恐ろしく、ルビーの足腰から力が抜ける。

「ひ……ひ……」

 呼吸が上手くできず、ひゅうひゅう喉が鳴った。あの牙で爪で、何度も刻み込まれた痛みと恐怖が全身に滲み込んでいる。
 怖くてたまらない。
 尻餅をつき、後ろを手探りしながらジリジリと後退した。
 しかしすぐに、積み上げられた航海道具の山に突き当たってしまう。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 みっともなく謝るルビーを、グレンの部下たちがせせら笑った。小さかった嘲笑は、すぐ遠慮のない大笑いになる。

「ごめんなさい……」

 必死で呟きながら、後ろに回した鋭い爪で道具を覆う網をブツリと切った。先端に魔晶石を取り付けた太い筒を網から引きずり出す。

「おいっ!?」

 気付いたグレンが飛び掛るが、間一髪で避けた。。

「グレン!私は旅団を潰す!ごめんなさい!!」

 タバサに教わったように、自分が魔晶石にさせたい事を、しっかりイメージした。
 筒を抱えて空に向け、大声で叫ぶ。

「弾けて、光れ!!」

 大きく、高く、帝都の誰からも見えるような光をあげろ!
 先端に埋め込まれていた魔晶石が、雷鳴にも似た凄まじい音をたて、強烈な蒼い光が空に打ち上げられた。弾け散った蒼い光が、一瞬だけ辺りを昼よりも明るく照らす。
 どんな船の甲板にもあるというこの筒は、光と音で船に異常事態が起きた事を周囲に知らせる、救援弾だ。
 私有地の港でも、救援弾を打ち上げれば、街から警備が駆けつけるだろう。近くの海上には軍船も巡回しているはずだ。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息をつきながら、ルビーは重い筒を取り落とす。魔晶石の大きな発光は、疲弊していた身体から、残りの大量を全て吸い取った。気が遠くなっていく。

(も、もう一度……)

 もう一度、今度は操舵舵に向けて撃つのだ。そうすれば船を動かせなくなる。
 しかしもう、力の入らない腕は筒を持ち上げる事もできない。

「すぐ船を出せ!」

 グレンが顔色を変え、部下達は大慌てで配置に駆け出す。
 狼獣人が操舵に手をかけた時、港から銃声とともに蒼い光りが飛んだ。
 即頭部を打ちぬかれ、狼獣人は両眼を見開いたまま横に倒れる。

「メルヴィンさま……」

 朦朧とした視界の中、藍色の瞳を怒りにたぎらせたメルヴィンが、港に積み上げられた木箱の上で、銃を構えていた。
 掠れた喉を振り絞って叫ぶ。

「この船に、誘拐された女の子が……でも、その子たちは、自分の……」

 途中でもう声は出なくなり、喉を押さえてルビーは荒い息をはく。

「安心しろ、すぐ助ける。それから、そいつがグレンなら、ここにいるのはお前がいた旅団の奴等か?」

 もう返事すらできず、変わりに唸ったのはグレンだった。

「ああ、そうだ。だからなんだ?クソったれ帝国軍人」

「確認したかったからな。これで安心した」

 ジェノサイダーの二丁拳銃で、魔晶石が蒼く輝く。

「初めて、獣人を撃ち殺しても後悔しなくてすみそうだ」



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