紅蓮のビースト-5
「仲間を見捨てられないとほざきながら、結局は救うこともできず、他の足まで引っ張る。
だからいつまでも人間に勝てず、ズルズルと隷属に甘んじてやがるんだ。俺はそれが我慢ならない」
ルビーの髪をかきあげ、小さな子どもに教え諭すようにグレンは語り続ける。
「ここは緑の大陸じゃない。赤の大陸だ。この環境と時代に適応して、ここでの生き方をするべきだ。人間に本気で勝ちたきゃ、自分の悪癖を認めて学ぶべきだ」
「……それが弱い者を切り捨てる事なの?」
「そうだ。俺は反吐が出るほど人間が嫌いだが、侮ってもいない。人間は強敵だ。ぬるい事言ってないで、なりふり構わず戦わなきゃ、永遠に勝てねぇよ」
グチャグチャになった脳裏に、婆さまの顔が浮かんだ。
ルビーたちを切捨てていれば、婆さまは目を患うこともなく、未だに健在だったろう。
人間の売買が禁じられていると知った時も、不公平だと思った。
ふと、複数の視線を感じた。捕われている少女たちは、怯えながらもほんの少し興味を覗かせた目で、二人のやりとりを聞いている。
しかし、グレンに睨まれると、彼女達はさっと目を背けてしまった。
憎憎しげに少女たちを睨み、グレンは深い憎しみの声で唸る。
「まだ迷うなら、これも教えてやるよ。カイルさんを……お前の親父を、人間がどうやって殺したか」
「父さまを……?」
父がどんな殺され方をしたのか、ルビーはよく知らない。唯一知っているグレンは、ただ酷い殺され方をしたと言うだけで、教えてくれなかったからだ。
「毛皮を綺麗に欲しいって言ってな、肉食蟲に生きたまま身体の中から食い殺させたんだ」
声をあげる事も出来ず、ルビーは蒼白になる。
ハイリンク王国時代、軍の生態研究所で生み出した肉食蟲は、鼻や口から獲物の身体に侵食し、生きた肉だけを食べる。綺麗に食い尽くされると、あとには皮や毛だけが、まるで脱皮したように完全な形で残る。
喰われるほうにとっては勿論、壮絶な苦痛だ。かつては見せしめの処刑として使われていた。
グレンは首を曲げ、青ざめている少女たちに薄ら笑いを向けた。
「あの蟲は剥製づくりには最適らしい。ああ、もちろん人間の剥製だって欲しがる奴はちゃんといるぜ。この中に何人かはも、そうなるかもな」
残酷なセリフに、少女たちの顔色は紙より白くなった。気を失ったらしい子もいた。
グレンは憎らしげに彼女達を一瞥し、震えているルビーへ向き直った。
「これでもまだ悔しくないのか!?獣人を人間が家畜扱いするなら、同じ事をやってやれ!」
「あ、うぅ……」
「ルビー、お前が甘い考えを捨てるなら、もう手荒な真似はしないし、他のヤツ等にも手出しさせないと約束する」
真剣な双眸を前に、ルビーは戸惑う。
確かに、ここは皆で安穏と生きて行ける、豊かな緑の大陸ではない。
荒地ばかりが広がる過酷な赤の大陸だ。
そして人間はどこまでもたくましい。
爪も牙も持たない彼らが、荒野の猛獣を餌に喰らい、覇者となれたのは、凄まじい生への執着と貪欲さがあってこそだ。
彼らに勝利し、二百年近くも染み付いてしまった隷属関係を引っくり返すには、痛みと犠牲を伴わなければならないだろう。
そこにはきっと、グレンのような存在が必要なのだ。