紅蓮のビースト-4
「な、なに……これ……」
ここは船倉なのだろう。広く薄暗い場所だった。
魔晶石の小さな灯りが、うずくまっている人間たちを照らしていた。
いずれも貧しい身なりをした、まだ若い少女ばかりだった。足を一列に頑丈な鎖で繋がれ、絶望しきった虚ろな顔で身を縮めている。
「俺が買いつけた、人間の奴隷だよ」
立ち尽くすルビーの傍らで、グレンが平然と言い放つ。
「帝国は人間の売買を禁じてるがな、禁じられるのは需要があるって意味だ。麻薬も人間の奴隷も、欲しがるヤツ等がいるから、禁止されてんだよ。特に獣人じゃなく人間の奴隷を欲しがる好事家は、意外といるんだ」
「同族を……奴隷に欲しがるの?」
「おいおい、人間は元々そうやってたんだぜ?今だって、貴族だの平民だのでランクをつけるのが大好きじゃねぇか」
「だからって……駄目よ!こんなの酷すぎる!!」
「酷い?人間は獣人を売って良くて、逆はどうして酷いんだ?」
嘲るように、グレンは口端をゆがめた。
「それにこいつらは全員、金に困った身内に売られたんだよ。表向きは禁止されてるから、誘拐されたって事にしてな」
「っ!?じゃぁ、最近の誘拐って……」
メルヴィンが言っていた誘拐の犠牲者が、目の前の少女たちなのか。
「まったく人間ってのは、たくましいよなぁ!同族だろうと血縁だろうと、ためらわず食い物にするんだぜ?奇麗事ばっか言って共倒れを選ぶヤツなんかより、よっぽど学ぶべき点がある」
反響するグレンの笑い声に、何人かの少女がビクリと肩をふるわせ、顔を歪めた。唇を噛んで涙を流している少女もいる。
呆然としたまま、ルビーは家畜のようにつながれた人間を眺めていた。
「さて、そろそろ船を出す。本題はここからだ」
グレンはルビーの肩を掴み、自分へ向き直らせた。
煮えたぎる溶岩のような凶暴な瞳が、目の前の獲物をしっかりと捉える。
「全部を隠さず教えたのは、俺の誠意だ。ルビー、いい加減に甘ったれた理想は捨てて、俺のやり方を受け入れろ」
掴んだ腕を離し、グレンが軽く手をあげる。
ビクリと身体が震えた。殴られるのかと身構えたが、グレンは一瞬だけ悲しそうに眉を潜め、昔のように優しい仕草で、ルビーを撫でた。
「俺を憎んでるだろうな。俺もお前を見るたびに、苛苛してた」
「っ!だったら、どうして私を……」
「ルシーダ婆のいいなりで、てめぇで何も考えようとしてなかったからだよ」
ルビーの後ろに亡き狼獣人が写っているとでもいうように、グレンは忌々しそうな顔をした。
「だが、婆のように窮地で踏ん張る真剣さは悪くねぇ。何もしないで傍観してる奴や、安穏と寄生してる奴より、よっぽどマシだ。盲目の婆を連れて、あの場を自力で生き延びたのにも感心した」
グレンは自分のタグを外し、手の上に乗せて見せる。
「帝都で怪しまれず動くにゃ、コイツがどうしても必要だから作ったがな、ここに他の名は刻ませない」
小さなプレートには、よく見ればグレン自身の名が刻まれていた。
「俺の目標は、人間から全てを奪い返すことだ。その為には精鋭の仲間だけが必要で、足手まといは不要だ」
金のプレートが、怒りに震える拳に封じ込められる。その声には、抑えようのない怒りと憎しみが溢れていた。
「今の獣人の境遇は、同族で互いに甘えきったツケだ」
容赦なく、グレンは断言した。
「獣人は人間より、よほど強い。なのにどうして祖先が負けたか、お前だって聞いているだろう」
「う、うん……」
緑の大陸を奪ったハイリンク王国と獣人の戦いは、獣人の間に代々口伝されている。
初めて船で緑の大陸を訪れた人間は、命を救い船を治した獣人たちに感謝し、とても友好的だったそうだ。
しかし、二回目に訪れた人間たちは、友好の土産にと毒酒を渡し、多数の獣人を生け捕りにした。それが全ての決定打になった。
獣人たちは、人間と会うまで、戦争というものを行ったことがなかった。生きるため、その日の糧を得るための狩り以上に殺すなど、考えもしなかった。
個々の身体能力は、はるかに人間より優れていても、集団戦のかけ引きにおいては、まったく無知だったのだ。
人質をとる、そして取られるという発想すらなかった。先に捕らえた獣人を縛り上げ、殺すと脅せば、殆ど無抵抗で彼らは掴まった。
最初に出会った人間が、獣人の性質や暮らしを詳しく教えたのは明かで、策略をめぐらす人間たちに、獣人たちの集落は次々と敗北していった。