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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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英雄の子孫たち-4

 ――そして五年後。
 緑の大陸を制圧し、豊かな資源庫と、獣人の兵士という力を入手したハイリンク王国は、それまでの方向性を一転した。
 人身売買を法で禁じ、同じ人間を奴隷にするのは野蛮で許せぬ行為と、他国へ『正義の』侵略を重ねた。
 そしてまたたくまに赤の大陸の半分を制覇し、帝国を名乗るようになった。

 獣人の制圧に多大な役目を果たしたトレイシーは、伯爵位と領地をもらいうけ、今では帝国の教科書にも、トレイシー・イグレシアスの名が、英雄として載っている。
 そこには彼が、緑の大陸で野蛮に暮らしていた『不幸な獣人』を文明的な暮らしに導き、同時にかつて奴隷だった人々を救う事にもなったと記されている。
 真実をひっそりと継承されるのは、イグレシアスの子孫だけだ。


 トレイシーの亡霊を初めて見た夜、その底知れぬ絶望と嘆きは、幼いメルヴィンを死ぬほど震え上がらせた。
 同時にメルヴィンは、どうして彼がそこまで嘆くのか、理解できなかった。
 獣人への裏切りを生涯にわたって悔やみ、己の罪を子孫へ伝え続けるのを義務付けた彼だが、祖国民を救う為、強いられてしたことだ。
 さらに彼は領地を立派に統制し、ある仕組みを作り上げた。

 帝国への配慮から、自治領内であっても獣人を自由民とはできない。
 そこで領民に、所有する獣人の人数に対して、持ち主の租税を上乗せし、差額を領内の獣人に支払うようにした。
 立場として奴隷であっても、イグレシアス領内で獣人は、間接的に『雇われている』のだ。
 もちろん獣人をむやみに虐げる事も厳禁されている。

 それで十分じゃないかと思った。

 ウォーレンやタバサを初め、屋敷に仕えている獣人は、皆メルヴィンを可愛がってくれ、家族も同然だったからだ。
 領地から出た事も無く、獣人奴隷の実体をまったく知らない、甘やかされた三男坊だった。

 士官学校に入り帝都で暮らし始めてすぐ、それを痛感した。
 帝国各地では、故郷では考えられぬほど獣人が虐げられていた。軍の実体や麻薬のルーツも知った。
 トレイシーの亡霊が嘆き悔恨している理由を、ようやく思い知ったのだ。

 同時に、自分の無力さをつきつけられた。
 メルヴィンに出来るのは、銃を撃ち死を撒き散らすだけで……兄たちのように償いをする事もできず、幸せ一つ生み出すこともできない。
 身長だけは兄弟の中で一番伸び、殺す事ばかりどんどん上手くなった。

 そしていつからか、トレイシーの亡霊は再びメルヴィンの前に姿を現すようになった。

(余計ナ事ヲシナケレバ……何モ感ジズ……何モセズ…………永遠ニ立チツクス、屍ニナレバヨカッタ……)

 トレイシーは確かに、大勢の人を奴隷の境遇から救った。
 しかしその影には、犠牲も確かに存在した。
 ハイリンク王に拷問で虐殺された人へ、それから全ての獣人へ、トレイシーは死した後でも詫び続けている。

 任務で獣人を殺すたび、嘆き悲しむ亡霊が現れ、気力は削がれていく。
 無力な自分を慰撫するため、いつの間にか『現状維持』がモットーになっていた。

 生贄を喰らいながら歩き続ける帝国という巨人の中で、トレイシーのように何かを救おうとして、新たな生贄を差し出してしまうことがないように……。


「……ほら、また勘違いしているよ、メルヴィン」

 ゴドフリードに額を弾かれ、物思いからようやく醒めた。

「獣人全員が、うちのタグや服を貰えるわけじゃない。僕は彼らの中で格差を広げてしまっただけだ。タグのデザインにしろ、見方によっては、獣人の隷属を懐柔する手段だろう」

「だけど……」

 店の品は獣人に大好評だし、シェアラたちも主人を心底慕って働いている。

「ごめんな。僕もセオドア兄上も、自分がやりたいよう生きるために、一番優しいお前に、一番嫌な役回りを押し付けたんだ」

 美貌の兄上は、男でも女でも変わらない優しい笑みを浮べた。

「それでも僕たちに償いが出来ていると思うなら、それは全部、メルヴィンのおかげなんだよ」



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