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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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英雄の子孫たち-3


 ***

 トレイシーは、今はもう滅んだ国の王族だった。といっても、王が女官に産ませた多数いる庶子の一人で、母亡き後は海運商人の祖父に引き取られたそうだ。

 陽気で気風のいい典型的な海の男であり、『俺には王冠より船長帽子が似合う』が、彼の口癖だった。
 ドロドロした王位継承に顔を突っ込む気はないと、暗に言っていたのだろう。実際、宮廷にも数えるほどしか行かなかったそうだ。

 ところが王位継承を巡り国内が不安定になっていた所へ、隣国ハイリンクが攻めてきた。
 トレイシーは一将軍として海軍を率いり、ハイリンクの強力な軍艦を全て退けたが、海戦で惨敗しても、ハイリンクは陸から再度攻め入り、間もなく祖国は滅ぼされた。

 滅ぼした国の王族は処刑し、民は奴隷として扱うのが、当時の習わしだ。王族は次々処刑され、トレイシーも同じ憂き目に会うはずだった。
 しかし海戦の報告を聞いていたハイリンク王は、圧倒的な不利を覆したトレイシーを、国の武将として扱おうと申し出た。
 信じられない幸運のはずだったが、トレイシーは他の願いを口にした。

『私に船を一隻貸してください。宝島を見つけ、この国に豊かな資源をもたらして見せます。それが出来たら、祖国の民全員を、奴隷の境遇からお救いください』

 当時の人々は、他の大陸がが存在するなど考えもしなかったが、トレイシーは、前々からある海流に乗って、さまざまな漂流物が流れてくるのを不思議に思っていた。
 それは見た事も無い木の実だったり、信じられぬほど太い流木だったり、美しい鳥の羽だったりした。

 常に霧が立ち込める海域の向こう、恐ろしい怪物が済んでいると、昔から船乗りたちが脅える場所には、緑豊かな島があるに違いないと考えていたのだ。

 途方も無い夢物語に、ハイリンクの大臣たちは嘲笑した。
 だが、王は一年間の期限をつけることで、その条件をのんだ。冒険物語に目がなかった王は、こういった『お遊び』を楽しむ癖があったのだ。

 誰もがトレイシーは失敗するか、そのまま逃げると思っていた。
 だが彼は苦難の航海の末、『緑の大陸』という途方もない財宝を見つけた。

 豊かな自然と穏やかな気候、そして獣と人の合わさったような不思議な獣人たちに、疲弊しきっていた船員たちは目を疑った。
 獣人たちはトレイシーたちに食事をくれ、病人を薬草で治療し、ボロボロの船を修理するのを手伝ってくれた。

 最初は身振りや手まねで意志の疎通をしていたが、トレイシーは彼らの言語もじきに覚え、彼らとすっかり仲良くなった。
 必要以上に欲しがりもせず、相手を騙したり疑ったりもしない。
 緑の大陸で獣人の暮らしを知ったトレイシーは、まさに奇跡のような楽園だと記している。

 帰還したトレイシーは、ハイリンク王に全てを報告した。
 そして獣人たちの豊かな資源と引き換えに、鉄鉱石とその加工技術を取引きするよう進言した。
 緑の大陸に鉄鋼石は少なく、獣人たちはトレイシーたちが持っていた鉄の道具を、丈夫な農具として大変喜んだからだ。

 彼らは人間と多少違っていても、同等の知能と、人より遥かに優れた身体能力を持ち、更には心優しい信頼できる相手だと、王に報告した。
 しかしトレイシーの思惑に反し、王は約束が違うと怒った。

『お前は資源を見つけてくると言ったのだ。単なる取引きで、奴隷を自由にすれば、国の損失ではないか』

 ハイリンク王を始め将軍たちは、緑の大陸を侵略する計画をたて始めた。そしてトレイシーに案内役を勤め、さらには獣人の制圧を手伝えと命じた。

 断れば祖国民は全員殺す。だが、獣人という身体能力に優れた奴隷を手に入れられるなら、もう人間の奴隷は必要ない。
 祖国民だけでなく、全ての人間奴隷を解放してやろうと、ハイリンク王は言った。

 捕われている者の中には、トレイシーの友人も恋人もいた。彼らを救いたい。
 しかし命の恩人である獣人を裏切るのも耐え難い。

 苦悩するトレイシーに業を煮やし、王は彼の前で祖国民を壮絶な拷問にかけはじめた。
 目を背ける事も耳を塞ぐ事も許されず、何人目かの命が絶えた時、トレイシーはようやく苦渋の決断をした。



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