英雄の子孫たち-2
俯いたまま顔を上げられないでいたら、小さな弟にするように、ポンポンと頭を軽く叩かれた。
「……兄上。初めて会った日、ルビーの無茶な願いを叶えようと思ったのは、そうすれば俺にも、イグレシアスの子孫として償いができると思ったからなんだ」
溜め息混じりの渇いた笑いが零れる。
荒っぽい言葉使いで自分を誤魔化す事も忘れていた。
賢く芸術の才能に溢れるゴドフリードを、昔から尊敬している。彼が女性となった事で、メルヴィンをからかう輩もいたけれど、恥だと思った事は一度もない。
周囲の冷たい視線を浴びながらも、ゴドフリートは努力して店を繁盛させ、屈辱の義務だったタグを、華麗な装飾品に昇華させた。
購入するのは飼い主の人間だが、周囲が自分の獣人を美しく装わせていれば、見栄っ張りの多い富裕層は、すぐ張り合おうとする。
そして利益の大部分は、家長を継いだ長兄セオドアを通じ、帝国各地で獣人の待遇改善へ使われている。
獣人への償いは、イグレシアスの名を継ぐ者が負うべき義務なのだから。
イグレシアス家の者は代々、獣人を決して奴隷として扱わぬよう、幼い頃から固く言い聞かされる。
メルヴィンが、その言いつけをもたらした『本人』と出会ったのは、五歳の頃だった。
夜中に城の暗い廊下で、背の高い男と出会ったのだ。
古い船長服を着た男は、砂色の髪に藍色の瞳をし、その身体は半透明に透けていた。
彼がこの世の者でないことも、誰かもすぐ解った。
城の一室には、彼の肖像画がかけられていたからだ。
――トレイシー・イグレシアス。
帝国の人間なら、誰でも彼の名を知っている。
緑の大陸を発見した英雄として誉れ高い、祖先の亡霊だった。