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今日もどこかで蝶は羽ばたく
【ファンタジー 官能小説】

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英雄の子孫たち-1

 飛び出していったルビーを、メルヴィンは魔晶石のブーツで必死に追いかけた。

 しかし、凄まじい速度で街路樹や家の屋根を飛び移っていく姿を、途中で見失ってしまった。
 その脚力に驚く以上に、思いがけない理由で拒絶されたショックで呆然とする。
 頭が混乱し、勘もうまく働かない。探し物なら、いつだってすぐ見つけられたのに、一番肝心なものがみつからない。

 闇雲に探し回ったが、人でごったがえす帝都の街中に、黒豹少女の姿は消えてしまった。
 辺りはとっくに暗くなっていて、焦りばかりが募っていく。ルビーの行きそうな場所を考えた末、フランシスカの店に向けて駆け出した。

「ルビーが来てないか!!???」

 息を切らしながら店に駆け込んできたメルヴィンに、打ち上げパーティーをしていたフランシスカや店員たちは目を丸くする。

「来てないけど……」

 ただ事でない様子に、何かあったと察したのだろう。
 店員たちに奥へ行くよう言い、フランシスカは再び飛び出しかけたメルヴィンを引き止める。

「待ちなさいよ、何があったの?」

 無理やり座らされ、水を口元に突きつけられる。
 魔晶石ブーツで駆け回りすぎたせいで、疲労がほとんど限界まで達しているのに、ようやく気づいた。全身が心臓になったように脈打ち、汗が滴り落ちる。

 荒い呼吸の合間合間に、ルビーが旅団で受けた扱いから、ビースト・エデンに行くなと言った事、拒絶された事も全て話した。

 静かになった店内で、フランシスカが痛ましそうに眉を潜める。

「俺はルビーを守りたい。ここでずっと一緒に暮らして……幸せにしたい」

「――自惚れるなよ、メルヴィン」

 不意にメルヴィンの耳をうったのは、いつもの高い作り声でなく、低い男の声だった。
 顔をあげると、ゴドフリード・イグレシアスの顔をした兄が、濃い紫の瞳で厳しく睨んでいた。

「俺が自惚れてる?」

「お前は、獣人という種族に裏切られたような気分なんだろうな」

「……そうだ。信用していたからこそ、ルビーを行かせようと思った」

 飼われている獣人が逃げ出し、生きるために犯罪へ手を染める例は年々増えている。軍の獣人部隊も、今では麻薬を打たれずとも、平然と戦える。
 人間の残虐さや狡猾さは、その中に住む獣人たちへ確実に感染しているのだ。

 だが旅団の獣人たちは、未だに昔ながらの博愛に富んだ穏やかな性質を持つ者が多い。
 特に仲間同士の絆は深く、どんなに困窮しようと、仲間を売ったり痛めつたりなど、決してしないと思っていた。

「だが、旅団さえこのざまなら、ビースト・エデンの中だって、どうなっているか!」

 やり場のない怒りが込み上げ、声が荒くなる。

「ここでなら、俺はルビーを守れる!それがどうして自惚れなんだ!?」

「……メルヴィン」

 ゴドフリードは瀟洒な店内をゆっくり見渡し、深い息を吐く。

「昔、僕が女になると宣言した時の大騒ぎを、覚えているか?」

「え?……ああ」

 次兄が突然、女として生きたいと言い出した時は、死ぬほど驚いた。容姿端麗で頭も良く、話題も豊富な社交界の貴公子で、帝国中の姫を夢中にさせていたのだから。

「それとルビーと、なんの関係が……」

「貴族は特に、既成概念や世論に縛られるということだよ。優遇され利益を得る分、民の暮らしを守る義務を持つ。友好を保つために政略結婚は当たり前。時には領地を代表し、人質を兼ねた軍人ともなる」

 白い指が、メルヴィンの軍服を指差した。

「僕のように好き勝手に生きれば、相応の代償を払う事になる。寛大で変わり者の両親と兄弟に、僕は心から感謝しているよ。普通なら、勘当どころか幽閉か暗殺だ」

 砂色の長い巻き毛と美しいドレスに、メルヴィンはチラリと視線を走らせた。
 両親と長兄は、メルヴィン以上に驚いたはずだが、ゴドフリードの意志が固いと知ると、意外なほどあっさり認めたのだ。

 しかし、両親たちの理解があったとはいえ、貴族の大スキャンダルとして周囲は大騒ぎし、新聞にも虚偽を織り交ぜた酷い記事がデカデカと書きたてられた。
 
 店が大繁盛した今、やっと好意的な眼で見てくれる人も増えてきたが、未だに何かと嫌な思いもしている事を知っている。

「お前は貴族のうえに、良くも悪くも軍の有名人だ。相応の家柄の女でなく、獣人相手に恋愛をしたら、周囲はどう言うと思う?」

「ルビーもそれを心配しているんだろうが、俺はいまさら何を言われようとかまわない」

 キッパリ断言したが、兄の厳しい視線はゆるがない。

「お前の心配はしていない。その程度で潰されたりしないと信じてる。だが、ルビーはどうだ?」

「……え?」

「正式に娶ったりすれば、彼女はお前以上に社会から冷遇されるぞ」

 続く容赦ない指摘に、メルヴィンは言葉を失う。

「それとも、都合の良い時だけ抱く愛人にでもする気か?日陰の身になり、お前とでは子どももできず、いつ用済みにされるか不安を抱えながら生きる。そんな人生を押し付けて、幸せにできると威張れるのか」

「……俺と一緒にいても、ルビーは幸せになれない……?」

「それはルビーが判断する事だ。何が幸せかなんて他人が決める事じゃない。一方的に幸せにしてやるなんて言うのは、自惚れだ」

「……」

 黙りこんでしまった弟に、ゴドフリードの眼差しが少しだけ和らいだ。

「すまない、言いすぎたな。お前がルビーを愛する気持ちは本物だと思う。だからこそ、もう一度ゆっくり話し合い、彼女の意志もちゃんと聞いてやれ」




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