苦渋の告白者-4
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フランシスカの誤解が解けても、メルヴィンは傷の件をうやむやにするつもりは無いようだった。
ルビーが着替え終わると、引き摺るように屋敷へ連れ帰り、部屋に飛び込む。
不穏な空気に驚くウォーレンたちにも、絶対入るなと怒鳴り、鍵をしめた。
これほど激怒したメルヴィンを見たのは初めてで、重苦しい空気の中、ルビーの全身が震える。
彼に脅えるなど、初めて会った日以来だった。
「ルビー、お前を傷つけたのは、同じ旅団の獣人たちなんだな?」
「えっと……そうですけど……」
両肩を掴まれ、改めて強い口調で詰問されて、ルビーは口ごもる。
旅団でどんな扱いを受けていたにせよ、もう死んだかもしれない同胞を、あまり悪くは言いたくない。
「どんな理由で、こんなに酷い傷をつけた」
「あの、もう治って痛くないし、旅団も無……」
「そんな事は聞いていない!!」
激しく怒鳴られ、ルビーはビクンと身体を震わせる。
勝手に涙がせりあがってきて、視界がぼやけた。小間使いの言葉遣いさえも忘れてしまう。
「グ、グレンに、早く孕めって……」
「……孕む?」
「取引きだったの……結局、孕めはしなかったけど……」
ルビーの父が長だった頃は、旅団『暁の爪』も、身寄りの無い子どもや身体が満足に動かなくなった者を、足手まといなど言わなかった。
そもそも旅団は、獣人たちが寄り添い人間から身を守る運命共同体で、長は支配者ではなく、ただの代表者だ。
そのため旅団長に血統は関係ない。
前長が亡くなったり引退すれば、旅団の全員で次の長を決めた。
ルビーの父が人間に殺され、新たな長に選ばれたのは、若い黒豹獣人のグレン。
知力と武勇にすぐれ、統率力もある彼は、旅団長となった途端、すぐさま激しい改革を起こした。
旅団に貢献している者ほど優遇されるべきだと、平等に分けていた食事も何もかも、強い者が独占できるようにした。それで死ぬようなら足手まとい。旅団には不要だと断言した。
それまでの優しく頼もしかったグレンとは、まるで人が変わったようだった。
獣人にあるまじき非道な意見だったが、強い身体を持つ者たちは、少ない獲物を分けなくて済むと喜んだ。
噂を聞きつけ、他の旅団から移ってきた者もいた。
過酷な環境に耐え、さらに弱者を守る負担に心を荒ませていた彼らが、内心で密かにくすぶらせていた不満を、グレンはまさに代弁してくれたのだ。
だが婆さまを始め、数人はグレンに反論し続けた。
特にその頃の婆さまは、非常に強く狩の達人でもあったから、旅団内でも強い発言権があった。
『誰でも小さく弱い時期があり、それを越えてもいずれはまた弱くなる。それがわからない獣人は、ただのケモノだ』
それが婆さまや仲間の持論だった。
暁の爪は、しだいに内部分裂を起こし、見切りをつけた婆さまの仲間は、次々と抜けていった。
だが婆さまは残った。
ルビーのように親を亡くした小さな子どもや、年老いて動けない者など、当てのない旅には耐えられない者たちが、幾人もいたからだ。
彼らのために獲物を狩り、時には人間から盗みもしたらしい。
一方、ルビーたちも必死で、自分たちの食べるものを集めようとした。
だが、他の強い獣人たちは、ルビーがやっと追い詰めた獲物を、目の前で軽々と奪い取ってしまうのだ。
完全に実力主義となったグレンは、苦しい時に強者が弱者から奪うのは、当然だと言った。
ただし、楽だからとそれをするのは、ただの怠惰だとも言い、他に獲物がある時は止めるよう禁じた。
それよりも人間を狙え、とグレンは命じた。
それまで旅団の獣人は、どうしようもない時にだけ人間の品を盗んでいたが、グレンは積極的に旅人を襲い、村を襲撃した。
生きるために奪うというより、殺すのが目的のようだった。
だが手負いの獲物を横から掠め取る楽を覚えた獣人たちは、よくグレンの目を盗んでは、ルビーたちから獲物を奪った。反撃したくとも、弱りきった身体では力が出ない。
彼らを跳ね除けられたのは、婆さまだけだった。
旅団の弱者たちを一手に守っていた婆さまは、相当の無理をしており、ルビーがおかしいと気付いた時には、婆さまの目は殆ど見えなくなっていた。
ルビーに初めて月のものが来たのは、その少し後だ。
血の匂いでそれを知ったグレンに、呼び出された。
『ルシーダ婆は甘い理想を垂れたあげくが、あの不様な姿だ。てめぇも婆に貰った分まで他に分けたりするから、こんな貧相な身体のままになる。お前らの理想主義には吐き気がするぜ』
ルビーを押し倒し、やせ細った身体を検分しながら、グレンは残虐に口を歪めた。
『だが俺は黒豹同士の純血種が欲しい。お前が盲目の婆に代わって甘い理想を吐き続けたいなら、取引きをしてやる。食い物を分けてやる代わりに、俺の子を孕め』
黒豹獣人の数は少なく、旅団にもグレンとルビーだけだった。
大好きだったグレンが、今ではもうひたすら恐ろしく、憎憎しげに自分を睨む溶岩のような視線から、一刻も逃れたかった。
けれど……交代の時が来たのだ。
今まで、婆さまに散々甘えていた。だからこれからは、ルビーが皆を守る番だ。